森公美子さんは、夫の交通事故で介護が必要になったことをきっかけに顔面神経麻痺の症状が現れ入院したそうです。「ひとりで背負っていた」という当時のお話を伺いました。(全3回中の3回)

47歳で夫の介護が必要に

── 2006年に旦那さんが事故に遭われたそうですが、当時のことを教えてください。

 

森さん:夫は歩行者で、相手の方は大型バイクに乗っていました。事故を起こした方がすぐに救急車を呼んでくれたようなのですが、事故現場が家の近くだったので、警察の方が直接うちに来たんです。夫の名前を言ったので、「うちにいますよ」と答えて部屋に行ったら「あれ、いない」って。ちょうど母がいたので一緒に慌てて病院に行ったのを覚えています。

 

森公美子さん
旦那さんと散歩に出かけた際の1枚。森さんの足取りが軽やか!

病院では脳挫傷と診断されました。びまん性軸索損傷(じくさくそんしょう)もある状態で、先生によると毎日、脳に水が溜まっていくとのことでした。「どうなんですか」と私が聞くと、「危険じゃないとは言えません。今までの生活はできません」と言われたんですが、私にはそれが想像できなくて。

 

やっぱり、どうしてもいつか元のように戻ると思ったんです。でも脳だけは戻らないんですね。リハビリをして少しよくなっても、歳をとると筋肉は衰えてくることもあって、足を引きずったり歩けなくなったりするようです。

 

街で、電動キックボードや自転車でヘルメットを被っていない方を見かけると心配になります。夫はそもそも歩行者だったのですが、防げる事故は防いでいただきたいと思っています。

 

── そのあと、森さんはどうされたんですか。

 

森さん:私が47歳のときで、当時の私は本当に何もわからなかったんです。身体障害者手帳を持つといいと言われたんですけど、それも知らなくて。でも区の方は懇切丁寧に施設や支援について教えてくださいました。そのあとはリハビリとは、介護とは何か、障害を持つ方の在り方について勉強を重ねました。

 

主人が食事中に誤嚥(ごえん)したときがあったんですが、最初は「そもそも誤嚥って何?とろみ食ってなに?」というところから始まりました。自分の唾液でも誤嚥につながることがあるそうです。とろみ食から刻み食、そこから段階をあげて普通の食事になるのですが、夫は6か月ほどかけて普通の食事がとれるようになりました。

 

衛生帽をかぶって栄養士さんに聞きながら調理室に入れてもらい、介護食について勉強したこともありました。お薬もそのままだと苦いので、薬剤をとろみで囲むようにすると苦味を感じなくなるんです。それまで知らないことばかりだったので、すべてが勉強になりましたし、誰かが困っていることに敏感にもなってきたなと思います。

 

「手伝いましょうか」と声をかけて、「いいです」と言われても「せっかく声をかけたのに」なんて思わず、すぐに「そうですか、じゃ必要な時はいつでも言ってくださいね」というようなことも普通になってきました。ひと口に障がいと言っても、精神的なことや発達のことなど色々あるのですが、みんな同じ、平たい世界になるといいなと思います。人生は山あり谷ありですけどね。夫の事故をきっかけに、いろんなことに気づかされていると思います。

辛い経験をして

── 最初の頃は、おひとりで背負い過ぎていたと伺いました。

 

森さん:夫の事故から3か月後に、顔面神経麻痺になって入院したんです。仕事でロンドンに行かなくてはならなかったので、症状が出て頬が下がっている右側の髪の毛を引っ張るようなヘアスタイルにしたのを覚えています。笑うときも口を隠していました。いろいろな治療をして私は短期間で完全に治ったのですが、なかには治らない方もいらっしゃいます。

 

森公美子さん
見事な歌唱力で観客を魅了する森さん 写真提供/東宝演劇部

介護に接して、心にいろんなものを背負ってしまった時に、誰かに話して寄り添ってもらったらよかったのですが、頼ろうと思っても自分で背負ってしまっていました。人を信じて頼ることって大切なんですよね。

 

自分で頑張ろうと思う気持ちもわかりますし、もちろんお金もかかるのですが、精神をすり減らしてボロボロになるよりは、人に頼ってプロにお任せする方がいいと思います。それに夫も、私よりいろんなことを言いやすいようですし、「私に任せる方が怖い」とも言われます(笑)。

 

専門職ってたくさんあるんです。区の方や介護を見てくださる方、リハビリの看護師さんには、本当に頭が上がらないです。「いいのいいの、プロがいるんだから」とか、「任せなさい、そのために私たちがいるんだから」と声をかけてくださって、私は本当に周りの方に恵まれていて、感謝してもしきれません。

 

── 事故当時から心境の変化はありますか。

 

森さん:正直、「これがどん底か」と思うほど、底に行ってしまったような気持ちになっていたのですが、「つらいことは、それを乗り越えられる人にしか起こらない」という言葉があるように、いろんな波を乗り越えて今に至っています。

 

夫の事故をきっかけに、いろんな方がいて世界ができているということに気付かされました。障がいを持つ方のご家族が笑顔になれるようなことに携わったボランティアに参加することもあります。今では、彼が私の知らない世界を教えてくれたのかなと思っています。

 

PROFILE 森 公美子さん

宮城県出身。歌手・俳優。昭和音楽短期大学卒業。二期会会員。定評ある歌唱力と魅力的なキャラクターで、数々のTV番組、ドラマ、CM、舞台と幅広く出演している。2014年「天使にラブ・ソングを〜シスター・アクト〜」第40回菊田一夫演劇賞受賞/主演:デロリス・ヴァンカルティエ役。

 

取材・文/内橋明日香 写真提供/森 公美子