子どもへの性暴力の被害者は女児だと思われがちですが、現実では多くの男児も被害に遭っています。女児ではなく、あえて幼い男児を狙う加害者の心理とは?どうすれば被害を防げるのか?小児性加害者の治療に携わる精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんに伺いました。
騒動に見る男児性被害の誤解
「男の子でも被害に遭うんだね」「でもやっぱり美少年だからじゃない?」
大規模な男児の性加害問題が報道されたとき、斉藤章佳さんは子育て中の母親たちによるこんな会話を耳にしたそうです。しかし、これまでに2500人超の性犯罪加害者の治療プログラムに携わってきた斉藤さんは、そうした憶測は誤解であると言います。
「子どもへの性加害を行おうとする人間は、たんに容姿の美しさだけでターゲットを選んではいません。それよりもっと重要なのは、“自分の加害行為が達成できるかどうか”。
まず、子どもへの性的嗜好や加害したい欲求という動機がある。次にそれを実行できる環境であるか。さらに加害しやすいターゲットがいるか。子どもへの性加害は、これらの条件が揃って初めて起きうるのです」
低学年男児の無防備さが危ない
また、斉藤先生によると「あえて男児を狙う」という性加害者も一定数いるそうです。
「以前にクリニックに通院していて小児性愛障害の診断がついている子どもへの性犯罪加害経験者から、どんな被害者を選ぶかというヒアリングをし、その内訳を調べたところ、『(女児だけでなく)こんなに大勢の男児も被害に遭っているのか』という驚きがありました。男児の場合は、小学1~3年生の子どもが多く被害に遭っていることもわかりました」
小学校低学年の男児が性被害に遭いやすい背景には、次のような要因があると考えられます。
- ひとりで行動する範囲が広がる
- 異性の親と別行動する場面が出てくる
- 男児は女児よりも警戒心が低く、無防備になりやすい
まず小学生になると、性別を問わず子どもの行動範囲は広がります。放課後に友達と公園で遊ぶ、習いごとにひとりで通うようになるなど、「ひとり」で過ごす時間が増えるため、保護者の目が届かなくなる場面も増えるのです。
デパートやスーパーなどの商業施設のトイレのように、小学生以上になると「子どもが異性の親と別行動する場面」も必然的に増えます。親自身も「もうひとりで行けるよね?」という気持ちになるかもしれませんが、性加害者はそういう場面こそを狙っています。
トイレの際は必ず入り口まで付き添い、外から「ここで待ってるね」と周囲に聞こえるように声掛けをすることが被害防止に繋がります。
さらに、「娘には『不審者に気をつけるように』と普段から言い聞かせているが、息子に関してはそこまでの危機感はない」という保護者の意識も無関係ではありません。だからこそ、男児への性加害は女児よりもたやすいと考えている性加害者がいる、と斉藤先生は警告します。
女児と違って、男児の性器は友人同士で笑いのネタにもされやすい。そのためズボンやパンツを脱ぐことへの抵抗感は女児よりも男児のほうが低い傾向にあります。
多くの性加害者はそうした小学校低学年男児ならではの無防備さを十分に理解したうえで、加害行為に及んでいます」
「欲望を満たせるなら男児でもいい」性加害者の心理
また、「小学校低学年」の「男児」が狙われやすい理由には、「第二次性徴がまだ始まっていない」ことも関係しているそうです。
「ひと口に小児性加害者といってもさまざまなタイプがいます。13歳以下の子どもにしか性的欲求を抱かないタイプ(純粋型)もいれば、成人と子どもの両方に性的欲求を抱くタイプ(混合型)もいます。
前者のタイプは第二次性徴が始まった子ども、つまり陰毛が生えてきたり体に丸みを帯びてきたりと、体に成熟の証が見えてきた子どもは性的欲求の対象外になります」
その点、第二次性徴がまだ始まっていない小学校1~3年生の子どもたちは、性差による外見の違いがそこまでありません。
「どちらでもいいから、より狙いやすいという意味で男児をターゲットにする加害者は一定数います。私が過去にヒアリングをした加害者の中にも『本当は女の子を狙いたかったが、仕方なく男の子にした』と語った人もいます」
子どもの安全を守るためには、こうした加害者心理があることも頭の隅に入れておきましょう。さらに、「おとなしい子だから狙われやすい」といったように、性被害の遭いやすさと、子どもの性質・性格はほぼ無関係だと斉藤さんは言います。
「おとなしい子、言い返せないような気の弱い子が狙われやすいというイメージがあるかもしれませんが、それは誤解です。子ども自身の中に被害に遭う原因があるのではなく、なによりも加害できる環境が整ったから、加害行為が起きている。
子どもへの性的嗜好や加害したい欲求を持つ人間がいて、それを実行できる環境が整った。そこに不運にもパッと子どもが入ってきた。あくまでも子どもから自分の領域に入ってきたから加害してもいいという認識です。
気が弱いとか強いとか、そういった性格とは関係なく、どんな子どもでも性加害に遭ってしまう可能性がある。子どもへの性加害はそう捉えるべきだと私は考えます」
「日本版DBS」法案はなぜ見送られたか
2023年10月、性犯罪歴を持つ者が子どもに関わる職業に就くことを制限する「日本版DBS」の法案が、「内容が不十分」との声から国会提出を見送られました。斉藤さんも「日本版DBSに関する要望書」を提出した識者の一人ですが、「導入自体は賛成だが、現時点での内容を鑑みると今回は見送られてよかった」との立場を表明しています。
「日本版DBSは性犯罪歴を持つ者が子どもに関わる職業に就くことを制限する仕組みですが、現時点の内容では改善すべき点が多数あります。教師は対象になるが、塾講師や習いごとのコーチなどは対象外になること、過去に性加害を行ったが示談になった人は性犯罪歴なしとしてスルーされてしまうことなど、さまざまな課題が残っています」
そうした課題をクリアするために、斉藤さんたち識者は、日本版DBSをホワイトリスト化する方向性を探っているそうです。
「性犯罪歴のある人を登録するブラックリストにするのではなく、過去に性犯罪歴のない人、示談歴がない人、刑法に限らず子どもの性加害に関して何らかの行政処分を受けていない人だけが登録できる更新制のホワイトリストにする。それを雇用主が確認できるシステムにするのであれば、プライバシーの問題はクリアできます」
日本版DBSの制度設計については今後さらなる議論が期待されますが、一方で「日本版DBSができたら安心」とは残念ながらいかないようです。
「クリニックに通院している小児性加害者の初診時の職業を見ると、事件当時に子どもに関わる職業に就いていた加害者は全体の3割です。つまり、7割の多数派は子どもとは無関係な仕事に就いたうえで、子どもに性加害を行っている。加害者の職業を限定する日本版DBSでは、子どもに関わる職業についている3割の再犯抑止にしかならないのです。
職業だけに限らず、子どもへの性加害の再犯を防ぐ仕組みづくりも必要です。そして何よりもその後継続して加害者が再犯防止プログラムを受講できるような制度につなげていくことが重要です」
だからこそ、家庭の性教育も必要不可欠であると斉藤さんは言います。
「性加害を受けそうになったとき、もしくは受けてしまったときに、自分で被害を認識できるかどうか、性暴力のラインはどこからかを知っておくことは、包括的性教育で伝えられることです。また、いざというときに親に正直に話せるかどうかも、普段からの信頼関係が大切です」
PROFILE 斉藤章佳さん
大船榎本クリニック精神保健福祉部長(精神保健福祉士・社会福祉士)。1979年生まれ。大卒後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、約20年に渡りアルコール依存症を中心に様々なアディクション問題に携わる。専門は加害者臨床で現在まで2500名以上の性犯罪者の治療に関わる。『男が痴漢になる理由』『「小児性愛」という病―それは、愛ではない』『盗撮をやめられない男たち』など著書多数。最新刊は『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』。
取材・文/阿部花恵 イラスト/まゆか!