飲食店で出された飲み物に含まれる氷や、自宅の冷凍室を開けて氷をかじったり。暑かったから?だけでは済まされないケースがあるそう。無意識に氷を口にすることに潜む危険性を、医師の工藤あきさんに聞きました。
「ついつい」氷をガリガリと食べ尽くす人は要注意!
── 飲食店で出されるドリンクの氷って、口さびしいのか、ついつい食べてしまいます。
工藤先生: 飲み物に入っている氷をガリガリとかじったり、無性に氷が食べたくなって冷凍室から取り出しては食べてみたり。こうした行動に思い当たる人は、もしかしたら鉄分が不足しているのかもしれません。
「異食症」といって、栄養面から大量に食べる必要のないものを食べずにいられなくなる病気で、鉄分不足のサインのひとつです。異食症は氷やラムネ菓子、海苔、なかには髪の毛や土、チョークを食べたがる人もいます。
もっとも多いのが氷をかじるケースで、氷食(ひょうしょく)症と言われることもあります。なかには1日に製氷皿1枚分以上の氷を食べる人もいて、1〜2か月くらい食べ続けている場合は要注意です。
── 鉄分不足が異食症を引き起こしてしまうのは、なぜでしょうか?
工藤先生:詳しいメカニズムについては、まだ解明されていませんが、これらには“ガリガリ、バリバリ”とした噛みごたえのある食感の共通点があり、それが大きく関係していると考えられています。
── とても不思議ですね。
工藤先生: もっとも、異食症には鉄分不足のほかにも精神的な影響や文化的、民族的によることもあります。一概に鉄分不足だけが原因ではありませんが、鉄分不足の方に多いのは事実です。実際に私が診察してきた患者さんでも、鉄分が不足している方に氷をかじることはないかと尋ねると「言われてみれば…」と気づくことが少なくありません。
ある研究によると、思春期の鉄欠乏性貧血者の約8割に異食症の症状が認められ、鉄剤の投与で鉄分不足が改善されると、異食症も見られなくなった結果もあります(※)。
鉄分不足は仕事の「集中力」も低下させる?
── 鉄分不足というと、めまいや立ちくらみはよく知られていますが、異食症のようにいっけん関係なさそうな症状もあるのですね。他にはどのような症状があるのでしょうか?
工藤先生:鉄分が不足すると赤血球の数が減少し、赤血球によって運ばれる酸素が全身の細胞に届けられなくなります。そのため「疲れやすさ、だるさ、頭痛やめまい」が起こります。心臓に酸素が行き届かなくなると動悸や深刻になると、「心不全」につながるおそれもあります。
また、鉄分はコラーゲンを生成するのに必要なため、不足すると、「肌の乾燥やシミ、シワ」もできやすくなります。顔色も悪くなりますし、抜け毛も増えたりします。
── 見た目にも大きく関係してくるのですね。
工藤先生:さらに、メンタル面にも影響が出てきます。脳へも酸素が十分に行き渡らないと、集中力や持久力が低下してしまいます。
また、喜びを感じるときに出る「ドーパミン」、やる気を高めるときに出る「ノルアドレナリン」、精神を安定させる「セロトニン」といった脳内神経伝達物質をつくるには鉄分が必要なため、不足すると精神的なバランスが崩れやすくなってしまいます。
── ささいなミスが増えるだけでなく、精神的なバランスが不安定なために、悪いスパイラルにおちいってしまうのですね。
工藤先生:ムリをして頑張り続けると、より深刻な精神状態になることもあるため、早めに対処すべきですが、厄介なことに症状が多岐にわたるだけに、鉄分不足が原因だとは気づきにくいのです。体がだるい、疲れやすいことに慣れてしまい、これがふだんのコンディションだと思って放置していることも少なくありません。
大人だけでなく、子どもにも当てはまります。とくに成長期の子どもは、骨や筋肉の発達のために鉄分を必要とするため、不足しがちになります。子どもの集中力が続かない、ささいなことでイライラする原因が、じつは鉄分不足かもと疑ってみるのもひとつです。
「鉄分たりてる?」自宅でわかるセルフチェックの方法
── 鉄分がたりているかどうかを確認するにはどうしたらいいのでしょうか?
工藤先生:基本的には、血液検査でヘモグロビンの数値を確認するのですが、自宅で手軽にセルフチェックする方法もあります。
「あっかんべー」をするように、下のまぶたをめくってみましょう。正常な場合は赤に近いピンク色をしていますが、白や薄いピンクは鉄分不足のサインです。顔や唇の色が青白いときも要注意です。
また、鉄分不足がより進行すると爪の形状が変わってきます。「さじ状爪(スプーン状爪)」といって、爪がもろくなり、指を横から見ると真ん中がへこんでスプーンのように変形してしまいます。
赤身肉やレバー、マグロ、あさりなど鉄分が豊富な食材を積極的に摂取したり、サプリを活用しながら日常的な鉄分補給を心がけましょう。
PROFILE 工藤あきさん
消化器内科医・美腸・美肌研究科。一般内科医として地域医療に貢献する傍ら、腸活×菌活を活かした美肌・エイジングケアにも尽力。テレビ、本、雑誌などメディア出演多数。2児の母。
取材・文/大浦綾子
(※)河上智美, 前田美穂, 阿部勝巳, 山内邦昭, 苅部洋行, 福永慶隆. 鉄欠乏と異食症の関係 ―第1報 思春期の鉄欠乏性貧血における異食症の実態―. 小児保健研究, 2011, 70(4), p.472-478