「水上の格闘技」と言われるボートレースの世界で活躍する佐々木裕美さん(44)。高校3年生の息子を育てる母親でもあります。シングルマザーとしての苦労と喜び、今の楽しみについて聞きました。(全3回中の3回)

「わが子の胃袋を掴みたくて」料理に夢中

── 現在、高校3年生になる息子さんがいらっしゃるそうですね。インスタにお子さんのお弁当をアップされていますが、おかずの種類が豊富で、盛りつけもすごく綺麗。まさに「愛情弁当」という感じがします。

 

佐々木さん:ありがとうございます。「子どもの胃袋をつかみたい!」というのが、私の料理のモチベーションです(笑)。世の中のママたちは皆さんそうだと思いますが、「お母さんのご飯が美味しい」って、言ってもらいたいじゃないですか。自分のためのお料理は全然頑張れないのに、子どものためなら頑張れるから不思議です。

 

息子さんがうらやましい!佐々木さんお手製のお弁当

── シングルマザーとして、子育てと仕事に奮闘されてきました。親子関係で意識してきたことはありますか?

 

佐々木さん:親だから正しいとか、一方的に叱るとか、そういった上下の関係ではなく、ケンカをしながら仲直りするというスタイルでやってきました。「同志」のような感覚に近いかもしれません。

 

── どうやって仲直りするのですか?

 

佐々木さん:言うべきことや言いたいことをひと通り伝えあって、納得したら、ハグをしてその話はもう終わり。それが、わが家の仲直りの儀式になっていますね。さすがに、大きくなってからは、ハグはちょっとしかしてくれなくなりましたけど(笑)。

 

でも、「ああだこうだ」と後からグチグチ言うのはなし、と決めています。私自身、かなりサッパリして引きずらない性格なので、友達同士のような感覚で過ごせているのかなと思います。

 

── 思春期の子どもが相手だと、つい口うるさく言って、ぶつかってしまいがちです。

 

佐々木さん:実は、息子が中学生のとき、それをして失敗した経験があるんです。親として「子どもに失敗して傷ついてほしくない」という気持ちから、「こうしたほうがいいんじゃない?」と自分の経験をもとに、口出しすることが増えていた時期でした。

 

あるとき、息子から「いや、俺はお母さんじゃないし!」と言われ、その瞬間に、「あ、そうだよな」とハッとしたんです。考えてみれば、当たり前のことなのですが…。

 

それまでどこかで、「私がこの世に産み落とした子」という感覚があって、「自分が正しく導かなくてはいけない」という気持ちが強かったんですね。でも、息子のひと言で「彼はもうひとりの人間として生きているんだ」と実感し、私の考えを押しつけるのは正解じゃないと気づきました。

 

── 意見するときは、どんなふうに伝えるのですか?

 

佐々木さん:まずは、否定をせずに子どもの考えをまるごと最後まで聞いたあとで、自分の気持ちを伝えるという順番に変えました。「ちょっと違うんだけど…」と思っても口を挟まず、グッと我慢。そのスタイルに変えてからは、わりと何でも話してくれるようになりました。高校3年生になったいまでも一緒に過ごすことが多く、しょっちゅう2人でドライブに出かけます。

「俺のことに口挟むな!」猛烈に反省した出来事

── 高校生の息子さんと一緒にドライブとは、素敵ですね!

 

佐々木さん:お互いにドライブが大好きなので、時間があくと「ドライブでも行きますか?」と言いながら、1時間くらいお出かけするのが習慣になっています。車内では、最近あった出来事や、いまハマっているものなど、とりとめのない話をずっとしていますね。

 

ふたりとも音楽が好きなので、お互いに好きな曲をかけたり、流行りの曲を教えてもらったり。息子のセレクトしたスピッツや、私の大好きな安室奈美恵さんの曲を流すことも。私にとって、すごく大切で大好きな時間ですね。

 

レースがあると1週間は会えないし、その間、携帯も没収されて連絡もとれないので、帰ってきたら一緒に過ごすのが暗黙の了解になっているんです。一緒にいられる時間が限られているからこそ、密度の濃い時間を過ごしたい。やっぱり、寂しい思いをたくさんさせてきたと思うので…。

 

ボートレーサーの佐々木裕美さん
レース中の佐々木さん

── そうなのですね。それを感じた出来事があったのでしょうか?

 

佐々木さん:息子が中3の受験生のとき、「勉強ちゃんとやってるの?」と小言を言ったら「1週間も家空けとるくせに、俺のことに口挟むな!」と言われたことがありました。私もつい、「お父さんが亡くなってからひとりで頑張ってきたのに、そんな言い方ないやろ?」と言ってしまい、ケンカがこじれたことがあったんです。

 

コロナ禍で修学旅行にも行けず、やりたいこともできない。そこに受験が重なり、モヤモヤしていた時期で、相談したいのに私はそばにいない。きっとすごく寂しくて不安だったのだろうなと思います。

 

子どものころから、平然とした顔で「いってらっしゃい」と送り出してくれる子でしたが、大きくなってから「実は寂しかった?」と聞いたら「寂しいに決まってんじゃん」と言われました。駄々をこねたら私が困るだろうと、子どもながらに思ったのでしょうね。

 

── 優しいですね。お母さんの仕事については、どんなふうに思っているのでしょう?

 

佐々木さん:特にボートに関心はないみたいですが、「俺は、本当にお母さんのこと尊敬してるんよ」と言ってくれます。「レーサーをやってきて、本当によかった!」と心から思える瞬間ですね(笑)。彼には、好きな道に進んでほしいなと思います。健やかにニコニコ過ごせるのであれば、何でもいいです。

「女性として素敵な人になりたくて」20代から料理教室へ

── インスタのお料理写真が評判です。もともと料理はお好きなのですか?

 

佐々木さん:いえ、以前は、そんな頻繁には作っていなかったんです。特に30代半ばまではボートのプロペラが持ち込み制度だったので、自分でプロペラを叩く必要があり、今よりかなり忙しく、実家の母にご飯を作ってもらっていました。

 

ただ、選手としても成功したいけれど、女性としても充実した人生を過ごしたい、素敵な人になりたいという思いがあって、ひと通りの家事はできるようになりたいと思っていました。20代後半からずっと料理教室に通っていて、それが私にとって、すごくいい息抜きになっています。大切な仲間もたくさんできて、ホームパーティを楽しむこともありますね。

 

ボートレーサーの佐々木裕美さんと友人たち
友人たちとのホームパーティで元気をもらうそう。写真右端が佐々木さん

── ワークライフバランスを実現していらっしゃいますね。

 

佐々木さん:大好きな安室奈美恵さんが以前、テレビ番組で「すべてを100にすることはできないから、全部で100になればいい」ということを言っていて、それがすごく心に響いたんです。すべて全力だと無理が出るから、トータルで100を目指す。ゆるやかに自分のペースで頑張るという感じでやっていきたいですね。

 

PROFILE 佐々木裕美さん

1979年生まれ。山口県出身。1999年、下関競艇場でデビュー。2004年に結婚し、2年の産休期間を経て復帰。現在も活躍を続けている。プライベートでは、高校3年生の息子を持つママレーサー。趣味は料理。

 

取材・文/西尾英子 写真提供/佐々木裕美・日本モーターボート競走会