2019年に「ぼる塾」を結成後、メンバーの中で唯一、産休・育休取得という形でのブランクを経験した酒寄希望さん。酒寄さんが育休のおかげで気づけたこととは?(全4回中の2回)
育休中の葛藤はあってよかった
──「育休中に相方がブレイクする」はお笑い芸人ならではの経験に見えますが、「自分の育休中に同僚や後輩が活躍する」であれば男性の育休取得率が上がった今の時代、誰にでもありうることです。育休中で焦っていた過去の自分を、今の酒寄さんはどんなふうに感じますか。
酒寄さん: 育休中の焦りや葛藤は、「あってよかった」感情だったのだと今なら思えます。あのときに焦りと葛藤があったからこそ、「私は芸人という仕事が本当に好きなんだ」と気づけましたから。だから葛藤は抱いてよかったし、正解だった。
あのときの悔しさやつらさがなかったら、「ぼる塾でいたい」という強い気持ちや復帰後のがむしゃらさは芽生えていなかったかもしれません。
ただ、当時は本当に本当につらかったので、他の人にはあんなつらい思いをしてほしくないなという気持ちもありますが。
「この子を絶対に守る」と決意
── では出産・育児の経験によって、酒寄さんご自身の内面に何か変化はありましたか。
酒寄さん:息子は低出生体重児(2500グラム未満の体重で生まれた赤ちゃん)だったのですが、出産した病院ではケアができなかったため、生後すぐに別の病院に息子だけ転院したんです。
同じ時期に出産した同室のお母さんたちは、みんなわが子を抱っこしたり、あやしたりしているのに、私だけ息子と離れている。そんな状態がしばらく続いたのですが、それが本当に苦しかった。
でもそのときに「あ、私とてもこの子のことが大好きなんだ。嬉しい」という気持ちも湧いてきたんですね。だから息子の体重が着々と増えて、ようやく一緒に生活できるようになったときには「何があっても、この子のことは私が絶対に守る」と決意していました。
私は本当に至らない部分がたくさんある人間なのですが、それでも「この子だけは自分の命に変えても絶対に幸せにする。だから強くならないと」という感情が芽生えてきた。自分自身のためではなくて、この子のために強くなりたい。そう思えるようになったのが一番大きな変化だったかもしれません。
ちなみに息子は退院後もフォローのために定期的に病院で検査をしてもらっています。
── 子どもの誕生をきっかけに夫婦仲が悪化する「産後クライシス」のようなことはありませんでしたか。
酒寄さん:幸いなことにそのあたりはなかったように思います。夫は人間ができているというか、私がすぐに焦ったり動揺したりしてしまうところを冷静にフォローしてくれるような人なので、私と息子はすごく支えられていますね。パートナーとしても、父親としても、すごく素晴らしい人だなと日々感じています。
でも息子が生まれて夫が「父親」になったことで、それまでは知らなかった一面に気づくことも増えましたね。たとえば、親子で公園に散歩に行ったときに、夫が息子に「これはサルノコシカケだよ」と説明している姿を見て、「え、そんなキノコの名前とか知っている人だったんだ!」と驚かされました(笑)。
夫と相方の素晴らしさを再確認
──「サルノコシカケ」とさらっと出てくる博識なところも含めて素敵な夫さんです(笑)。息子さんは保育園の生活にはすぐ慣れましたか?
酒寄さん:もともと人懐っこいタイプなので、今は楽しそうに園生活を送っています。もちろん、グズって泣いて「行きたくないー!」という日もけっこうありますが、いざ登園するとすごく楽しいみたいで。
ただ、私とふたりの時間のときは甘えてくることが増えたので、息子なりにやっぱり変化は感じているのかもしれません。以前はまったく「ママにべったり」タイプではなかったのですが、今は離れる時間ができたことで「ママってぼくと常に一緒にいる存在じゃないんだ」とようやく気づいたのかな、と思っています。
── 保育園生活は突発的な病気や発熱で呼び出しがかかることも珍しくありませんが、仕事との折り合いはどんなふうにつけているのでしょうか。
酒寄さん:息子が突然発熱して今日は行けない、みたいなことはやっぱりけっこう起きています。そのたびにメンバーには申し訳なく思って謝るのですが、「大丈夫、私たちこんだけでっかいんだから」「私たちはもう立派な人間だから、息子ちゃんを最優先して!」とみんなが言ってくれて、毎回助けられています。
ただ、みんなのその優しさに救われている一方で、芸人としての私の中に「今回の舞台には立ちたかったのに」というジレンマが残ることは当然いまだにあります。それでも、今はやっぱり息子と一緒にいられる時間を大切にしたい。
息子はこれからどんどん成長して、いずれは私のことを必要としなくなる。だからこそ、一緒の時間を大事にしたい。産後すぐに離れ離れになっていた期間が長かったからこそ、そう思います。
仕事の遅れはそのぶん、後から巻き返せばいい。
そんなふうに考えられるようになったのは、やっぱり相方の田辺さんのおかげです。私が焦って落ち込んでいたときに、田辺さんは「私は27歳でギャルデビューして、37歳でスイーツ女王になっているんだから、人生何が起きるかわかんないでしょ!」と励ましてくれたのですが、本当にその通りだなって思えて元気が出てきましたから。
さっきの「育休を体験したおかげで気づけたこと」にひとつ、つけ加えさせてください。それは、「田辺さんの素晴らしさを再確認できたこと」です。
PROFILE ぼる塾・酒寄希望さん
1988年、東京都出身。2019年に田辺智加、きりやはるか、あんりとの4人で結成したお笑いカルテット「ぼる塾」のリーダー。結成直後に産休・育休に入る。育休中にnoteで公開した「育休中に相方がめちゃくちゃ売れた」が大反響を呼び、現在は舞台の他、コラムの執筆等も行なう。著書に『酒寄さんのぼる塾日記』『酒寄さんのぼる塾生活』がある。
取材・文/阿部花恵 画像提供/酒寄希望