わが家は貧乏かそうでないか。「収入に関係なく、貧乏かどうかを判定するのに、ひとつの口グセがあるかどうかでわかります」と答える、家計再生コンサルタントの横山光昭さん。該当する人は注意が必要です。

 

「昔はよかった」などと現在と過去を比較して嘆く人は要注意!

当たり前の「基準」ができなくなったときに実感

昔はふつうにできていた物事ができなくなった。やりたくても金銭的な余裕がなくなってしまった。ついつい漏らしてしまう「昔はさ〜」という言葉が口グセになっていませんか?自分が当たり前とする姿には「基準」があり、その基準を上回れない経済状態に陥ると、貧乏を自覚する人が少なくないと思います。

 

買い物、レジャー、外食など、昔の当たり前ができない状況に直面すると、精神的にもつらいもの。悲しい気持ちになりますよね。ただ、その基準は一定ではありません。人によってバラバラです。

 

顕著な例として2組の相談者を見ていきましょう。1組目は、地元・札幌で事務所を構えていた時代に相談に来た夫婦です。ふたりとも意識消沈した様子で、何か理由があるのだろうと思って尋ねると、「炊飯器が壊れてしまったのに、新しいのが買えないんです…」とこぼされました。

 

炊飯器はその当時でも安いものなら1万円以下の値段です。高い買い物ではないのに、それが買えないとは家計が相当苦しかったのでしょう。

 

家計改善のアドバイスをして相談を終えましたが、いま思えば炊飯器に固執する必要はなく、鍋を使えばお米を炊くことは可能です。昔の当たり前ができなくなると、そういった知恵が働かなくなってしまうのも問題なのかもしれません。

 

2組目は上京後、東京の事務所に相談に来たきらびやかないで立ちの奥様です。家計相談とは無縁そうに見えたのですが、「独身時代に比べて、毎月のやりくりが大変で…」といいます。こちらも訳ありだと思って事情を聞くと、度を超えた金銭感覚に驚かされました。

 

その奥様は裕福な家庭の育ちでした。学生時代から父親が口座残高をつねに100万円にしておいてくれたとか。当然ながらお金には不自由せず、買い物や旅行などの趣味を楽しんでいたそうです。

 

ところが結婚してからはそうはいかず、夫の収入内の生活に。といっても月収80万円で、稼ぎはかなり良いほうです。にもかかわらず、昔の当たり前が頭の中にあるため、「ぜんぜんたりなくて、生活が苦しいんです」と嘆いておられました。

 

どちらも貧乏に感じているのは同じですが、その姿は大きく違います。当たり前の基準が人それぞれことなることをおわかりいただけたと思います。

究極の貧乏体質は「当たり前の基準がない人」

当たり前の基準があれば、それができないいまの自分の状況を反省して「貧乏脱出」のために前を向けるはずです。しかしそうならない人もいます。当たり前の「基準がない」ケースです。

 

基準を持たなければ上限なくお金を浪費します。当たり前がないので満足せず、必要以上に何でも欲します。

 

よく言えば貪欲なのかもしれません。人間味に溢れ、率直に生きているわけです。しかし、制限なくお金を使っていたら、行き着くところは目に見えています。浪費が止まらない究極の貧乏体質といえるでしょう。皆さんに、当たり前の基準はありますか?なかったら要注意ですよ。

 

監修/横山光昭 取材・構成/百瀬康司 イラスト/村林タカノブ