30年以上選手としてプレーしたバレーボール。引退後は違った角度から学びたいと大学院の道に。子育ても仕事もしながら、それでも学びたかったと話す荒木さん。澄んだ眼差しが見据えるものとは。(全4回中の4回)

 

往復4時間!早稲田大学の大学院に通った当時の荒木さん

家庭と仕事と「通学に4時間」かけての大学院生活

—— 2022年に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に入学し、この3月に無事修了されました。子育てと仕事(トヨタ車体クインシーズのチームコーディネーターとして活動)との両立に学業が加わる超ハードな生活。しかも、往復4時間かけて通学されていたそうですね。

 

荒木さん:怒涛の1年でしたね(笑)。オンラインでの授業もあったので、大学院に行くのは週3回くらい。授業のほかにも、研究室でゼミ生と議論をしたりと、とても充実した時間を過ごすことができました。それまでパソコンもほとんど触ったことがなかったので、「エクセル…?パワーポイント?」とちんぷんかんぷん。まずはOfficeをインストールするところからのスタートでした。

 

── 大学院での学び直しを決めた理由を教えてください。

 

荒木さん:これまで30年以上、バレーにかかわってきましたが、違った角度からバレーボールを見てみたいなと。じつは引退後に学びたいという気持ちは、ずっと昔から持っていました。

 

高校時代には大学進学か実業団かで迷っていましたが、「大学で学ぶことはいつでもできるよ」と両親に背中を押され、実業団入りを決意。その後、先輩の吉原知子さんや多治見麻子さんが、現役引退後に大学院に進む姿を見て、「そういう選択肢もあるんだな」と刺激を受け、自分もいずれは学んでみたいと思っていました。

 

現役引退後に通った大学院での宿題に励む荒木さん

── 大学院ではバレーの「ブロック」をテーマに研究されていたとか。現役時代、ご自身もブロックの名手でした。

 

荒木さん:競技者としてもっともこだわって取り組んできたことで、もっと深く知りたいなと思っていました。実際に、ブロックのトップ選手たちにインタビューをして、その共通点や特化したこだわりを探り、1年をかけて論文にまとめあげました。

 

これまで取材をされる側だったのが、取材する側になり、話を聞いて言語化する難しさも実感。数万字ものレポートを書きあげるのは本当に大変で、途中で何度も泣きそうになりました(笑)。ブロックは日本の女子バレーの弱点でもあるので、私の研究が少しでも役に立てばという思いもありました。

 

私が大学院で専攻した「エリートコーチングコース」には、甲子園に出場経験のある高校野球の監督やサッカーのS級ライセンス保持者、現役の陸上選手など、それぞれ違う立場からスポーツにかかわる方ばかりで、競技によって「当たり前」が違うことに気づかされました。

ラグビー選手だった父の口グセの意味がやっとわかった

── 例えば、どういったことでしょう?

 

荒木さん:個人競技だと本人がどう考えるかがまず大事ですが、団体競技の場合は、チームのために何をすべきかという視点で動きますし、コーチとの関係性や距離感などもまったく違います。

 

指導の原則や心理的効果、メンバーの能力を発揮するチームビルディングなども学び、視野がグッと広がりました。同時に「なるほど」と腑に落ちる部分も多く、人生の答え合わせをしているような感じでした。

 

── 人生の答え合わせというのは…?

 

荒木さん:自分が過去に受けた指導だったり、当時は納得できなかった言葉も、「こういう理由から、あの人はああ言っていたんだな」など、点と点が結びつく感覚がありました。

 

また、教えるといっても、相手を導くコーチングとスキルを伝えるティーチングでは、目的も手法も違います。あえて答えを言わず、質問を投げかけることで、大きな気づきを与えてくれた恩師の優れたティーチングに気づき、あらためて偉大さを実感しました。

 

うちは、父が元ラクビー選手で「スポーツは楽しむもので、人からやらされるものではない」が口グセでした。私が子どものころは、スポーツの世界は根性論が主流で、暴力やパワハラ指導も多かったのですが、実際にそうした環境でバレーをしていたときには、父からチームをやめさせられたこともあります。

 

父もまた指導者としてコーチングを学び、一貫した考えを持っていたんだなと、いま思えば、あのときの行動の意味が理解できます。

 

── 一番身近なところに、素晴らしいロールモデルがいらしたのですね。荒木さん自身は、この先どんなキャリアを描いていますか?

 

荒木さん:大学院に行って気づいたのは、学び続ける姿勢が、なにより大切だということです。大学生活はひとまず終了しましたが、まだ勉強を始めたばかりで、学ぶべきことがたくさんあり、ようやくスタートラインに立っただけにすぎません。

 

いま、自分が持っているのは「経験」だけ。その経験をこの先どう活かしていくかは、自分次第です。そのためには、もっと知識や理論を学び、深めていかなくてはいけないと、身の引き締まる思いでいます。

部活がない高校も「バレーの魅力を伝えていきたい」

── 近年は、スポーツを描いた漫画やアニメも多く、競技を始めるきっかけになっていたりしますよね。

 

荒木さん:漫画の影響は大きいですよね。専門用語に詳しくなったり、競技人口が増えたり。バレー界でも皆さんのバレーIQが上がったのは、漫画『ハイキュー!!』の効果だといわれてます(笑)。

 

── 荒木さんご自身は、何か影響を受けたものはありますか?ちなみに私は『エースを狙え!』世代なので、お蝶夫人に憧れ、一時期、髪をグルグル巻きにしてテニスをしていました(笑)。

 

荒木さん:私はスラムダンク世代で、バスケにもすごく興味があったんです。しかもこの長身なので、中学生のころは、バスケの強豪高校から誘われたこともあるんですよ。プレーをしたこともないのに(笑)。

 

この間も、ナショナルトレーニングセンターで、元NBA選手で現・男子バスケットボールの日本代表監督のトム・ホーバスに、「バスケやってみない?」と誘われて。さすがに「もう30代後半で子持ちだからムリだよ」って断りましたけど(笑)。

 

── トム・ホーバスさん直々のスカウトとは(笑)。やっぱり身体的に有望な人材は、スポーツ界では取り合いなのですね。

 

荒木さん:近年、スポーツを取り巻く環境が厳しくなっているのはたしかです。少子化の影響もあって、競技人口自体が減っていますし、部活動も縮小傾向に。バレーボールも例外ではなく、女子バレー部を置かない学校も出てきて、長年バレーをしてきた者としては、すごく残念です。

 

スポーツから学べることって、すごくたくさんあると思っているんです。集中力や思考力が磨かれるし、動きながら考える力が養われます。集団でやるスポーツなら、チームワークや協調性、リーダーシップも身につく。心と体が鍛えられます。競技に長くかかわってきたものとして、スポーツが持つすばらしさや価値を広く伝えていきたい気持ちがありますし、それが、自分にできるスポーツ界への恩返しだと思っています。

 

── いずれ、荒木さんが指揮するチームもぜひ見てみたいです!

 

荒木さん:コーチングのライセンス取得の勉強を始めたところなのですが、ゆくゆくは指導者としてのキャリアも選択肢のひとつとして考えています。ただ、なにかひとつだけというよりも、ジャンルを超えて多くの活動をしていきたい気持ちが強いですね。

 

いまは日本オリンピック委員会の仕事や、ママアスリートネットワークの理事を務め、女性アスリートがいろんな選択肢を持てるようにサポート活動にも注力しています。すべての働く女性やママたちにとって、エネルギーを届けられる存在になれるように頑張っていきたいですね。

 

それには私自身がもっとさまざまな分野で勉強して知識をつけること。具体的には社会問題、政治、法律などの知識が必要だと思います。そうした知識を私自身が世界で知見してきた女性の働き方を含めて、どのように生かしていけるが今後取り組むこと。これからもバレーボール選手時代と同様に、どん欲に多くのことに取り組んでいきたいと思っています。

 

PROFILE 荒木絵里香さん

1983年生まれ、岡山県出身。高校卒業後の2003年に東レアローズに入団。東レに在籍中にイタリアベルガモに移籍。2012年のロンドンオリンピックの代表メンバーとして銅メダルを獲得。2013年に結婚し、翌年出産。半年後に上尾(現・埼玉上尾)で現役復帰。その後、トヨタ車体に移籍。2021年の東京オリンピックを最後に現役引退。2022年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科入学、23年修了。現在、トヨタ車体クインシーズチームコーディネイター、日本オリンピック委員会理事、ママアスリートネットワーク理事など多方面で活躍中。

 

取材・文/西尾英子 画像提供/荒木絵里香