過敏性腸症候群は、便秘や下痢などの便通障害に伴う腹痛を起こす病気です。「ガス型」と呼ばれるおならがたまる症状は、厳密には過敏性腸症候群とは異なりますが、とても困って苦しんでいる人たちがいます。

 

久里浜医療センターIBS便秘外来担当医である水上健さんは、「過敏性腸症候群にガス型という種類はありません。おならで悩んでいる人の多くは、「機能性腹部飽満」と呼ばれる病気です。実際にガスが溜まっている場合もありますが、ひどく悩まされている方の多くは思考が行動より優位になり、行動が思考に左右される認知的フュージョンを引き起こしていることが多くみられます。解決には認知行動療法が最適」と語ります。腹部飽満症状の具体的な症状や治療法について伺います。

お腹が張る悩みは機能性腹部膨満かも

インターネット上で「過敏性腸症候群ガス型」を検索すると、いくつもの記事にヒットします。その症状はお腹が張る、おならの頻度の多さに悩むというものがほとんど。久里浜医療センターの水上健さんは、過敏性腸症候群ガス型について「残念ながら、そのような病名はない」と語ります。

 

「過敏性腸症候群にガス型という種類はありません。おならの症状は腹部膨満と呼ばれる症状で、単独であれば『機能性腹部膨満』と呼ばれますが、過敏性腸症候群に腹部膨満症状を合併していることは少なくありません」

 

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「おならに悩む」人が該当しうる病気の可能性と効果的な治療法【専門医が語る】2/7

機能性腹部膨満の具体的な診断基準は次の通りです。

 

  • 再発性の腹部膨満感
  • 他疾患の診断基準を満たさない

 

また、機能性腹部膨満の特徴として

 

  • 起床後(特に食後)に悪化し、夜間は緩和する
  • ガスの蓄積、食物不耐(食べ物を消化できない)、体液貯留(体内の水分量が過剰になる)、感覚・運動変調のメカニズムが見られる

 

などがあります。

※過敏性腸症候群に腹部膨満が合併した場合、日中の著しい腹囲の増大が見られるケースも

 

一方、過敏性腸症候群は便秘や下痢を伴う反復する腹痛が症状で、「便秘型」、「下痢型」、便秘と下痢の両方の症状がある「混合型」、それ以外の「分類不能型」の4種類があります。その診断にはローマIV基準が定められており、少なくとも診断の6か月以上前に次の症状が出現し、最近3か月間は下記2項目を満たす場合に診断されます。

 

  • 排便と症状が関連する(トイレにいけば症状が軽減する など)
  • 排便頻度の変化がある(トイレに通う頻度に増減がある)
  • 便性状の変化がある(便の外観や硬さが変わる)

受診する9割はストレス性の吞気症が原因

同センターでは2021年から機能性腹部膨満を診察する「腹部膨満外来」を開始。腹部X線と問診で診察し、患者の病態を考慮した治療を行っているそう。

 

「腹部膨満外来は初診予約が2か月待ちとなるほどの人気で、月に約15人の新しい患者さんがやってきます。おならで悩む方々は、大腸検査などで異常がなくても日常生活を送ることが困難な方もいて、生活に大きな影響を与えています」

 

同センターでは、腹部膨満外来を受診した195名(男性45名、女性150名)を検討したところ機能性腹部膨満のみの症状が27名、過敏性腸症候群との合併が92名、便秘合併が76名であることが分かったといいます。

 

その診察方法は、腹部X線で、食事の影響や日中のガスの状態を観察すること。

 

休日や平日によってガスの状態に差があったり、午前中はガスがないのに夕方以降に増えるのは呑気症(どんきしょう)由来によるもの。

 

休平日や日内の変動がなく食事内容によって小腸にガスが増加するのは、消化不良による発酵と診断されます。

 

「腹部膨満外来を受診する患者の9割は呑気症、1割が消化不良による発酵が原因です」

 

呑気症とは空気嚥下症とも呼ばれる症状で、緊張したときに空気を多く飲み込んでしまう症状のことを指します。それによって、胃や腸に空気がたまり、ゲップやおならが引き起こされるのです。

 

「呑気症は真面目な性格の人によく現れる症状です。基本的にはストレスによって引き起こされていると思って間違いないでしょう」

 

一方、消化不良による発酵とは、特定の食べ物を摂取すると消化ができず、お腹の中で食べ物のカスが発酵してガスが発生することをいいます。

 

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ストレス性の吞気症には認知行動療法がおすすめ

ストレスが原因による機能性腹部膨満は、認知的フュージョンが問題であると、水上さんはいいます。認知的フュージョンとは、思考と現実の自分を混同(融合)して影響を受けてしまうこと。つまり、思考が行動より優位に立ち、「おなら臭いんじゃないか」「他人が臭いと言っている」と思考に行動が左右されてしまう状態のことをいいます。

 

「改善方法として、認知行動療法の中のひとつであるACTが挙げられます。ACTとは自分の中にあるありのままの思考や気持ちを受容(アクセプタンス)し、目標を決めて行動に移す(コミットメント)トレーニングのこと。第3世代の認知行動療法として注目を集めています」

 

具体的なACTによる治療法は、患者の病状にもよるため説明が難しいと話す水上さん。しかし、「ストレス性の吞気症は、メンタルが風邪をひいているような状態。そのため、カウンセリングが有効ですし、継続して無理のないエクササイズをすることも効果的です。エクササイズなどとともに、自分の考えをニュートラルにする習慣が効果的な対処法だと思う」と語ります。

 

一方、消化不良に対するアプローチとしては、小腸で分解・吸収されにくい糖類であるFODMAPの食材をひとつずつ制限して、症状が改善したものについて対処するのがいいといいます。

 

「消化不良に陥る食事内容がわかったら、その食事をなるべく減らすか、おならが出て困る状況では制限する方法がおすすめです」

 

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悩みの悪循環から抜け出して

機能性腹部膨満は、がんや炎症、腫瘍などの症状がないため、検査を受けても治療法がわからない領域。そのため、消化器内科を受診しても原因がわからず、症状も改善せず、患者は救いのない状態で悩んでいるケースが見受けられるといいます。

 

また、コロナ禍で運動量が減り、飲みに行く機会が少なくなってストレスが発散できず、こじらせているケースもみられるそう。

 

「消化不良の発酵は食事制限の効果が出て解決します。一方、呑気症は悩めば悩むほど、悪循環に陥り悪化します。ということは、おならの悩みで苦しんでいる方のほとんどがストレス性の呑気症だと言えるでしょう」

 

過敏性腸症候群に悩む方の中には、腹部膨満症状を合併していることも少なくありません。腹部膨満症状に対しては症状がどれに当てはまるのか、自身の体とじっくりと向き合い、必要に応じて専門家に相談することが有効です。

 

「おならに悩む」人が該当しうる病気の可能性と効果的な治療法【専門医が語る】7/7

 

PROFILE 水上健さん

​みずかみたけし。久里浜医療センター・IBS(過敏性腸症候群)便秘外来において、過敏性腸症候群や便秘、ガス症状を中心とする機能性腹部膨満などの便通障害に対応。『ねじれ腸 落下腸 滞った便がグイグイ出てくる 快うんマッサージ』(主婦の友社)など著書多数。

 

取材・文/ゆきどっぐ イラスト/まゆか!