郵便局員から転身し、3000件以上の遺品整理・特殊清掃に携わってきた小島美羽さん。自身の父の突然死をきっかけに、「悲しんでいる遺族の支えになりたい」とこの業界に飛び込みましたが、孤独死の現場ではさまざまな“人間の裏側”を目の当たりにしたそうです。
※記事内には孤独死現場をモチーフにしたミニチュアの画像がありま
アルコール中毒だった父の突然死がきっかけに
── 遺品整理・特殊清掃の世界に入ったのは、父親の突然死が影響しているそうですね。
小島さん:高校2年生の春に、父親を脳卒中で亡くしました。数か月前に、離婚を前提に両親が別居したばかりのころです。私たち姉妹と母は祖母の家に身を寄せていたのですが、その日はたまたま、離婚届を書いてもらうために母が父のもとを尋ねていたんです。父は部屋の中で意識を失っていたそうで、そのまま病院で帰らぬ人となりました。
私はとにかく父のことが嫌いだったんです。父はアルコール中毒者で、家庭内でよく問題を起こしていましたし、理不尽に手をあげられることもありました。お酒が原因で身体を壊すことも多かったのですが、父はまともに働いていなかったので、身内から手術代や入院費を借りることもあって…。
ただ、そんな父でもいざ亡くなると、お酒を飲んでいないときの思い出が蘇るんですよね。お酒さえ飲まなければ優しい人でしたし、なんだかんだで私のことは可愛がってくれて、食べ物の趣味とかもよく似ていたんです。お酒に逃げてしまわないように、もっと会話をしてあげればよかったんじゃないか。失ってから気づくことがあまりにも多くて、後悔の気持ちでいっぱいになりました。
── 遺品整理や特殊清掃の仕事を知ったのはどのようなきっかけだったのでしょうか?
小島さん:高校卒業後に務めた郵便局の同僚から「こんな仕事があるんだよ」とたまたま教えてもらったんです。そこで気になっていろいろと調べてみたら、ネット掲示板に「身内が孤独死して特殊清掃を頼んだら悪徳業者だった」というスレを見つけて…。
そこには、思い出の品を目の前で壊されたり、心の隙間につけ込んで高額な費用を請求されたりと、到底許されないような実体験が並んでいました。私自身、母が父のもとを尋ねていなければ、父もひとりで亡くなったままだったかもしれない、という思いがずっとあったんです。遺族側の気持ちも分かりますし、どうにか悲しんでいる人の支えになれないかと考えて、この仕事しかないと思いました。
── 郵便局員を辞めてから現在の職場の「遺品整理クリーンサービス」に入社するまで、2年間の空白期間がありますよね。この間はどのように過ごしていたのでしょうか?
小島さん:ただ「やりたい」という気持ちだけで転職して、やっぱりイメージと違ったので辞めます、というのは遺族にも亡くなった人にも失礼だと思うんです。なので、まずは二十歳になるまで郵便局で勤めあげて、そこからの2年間は「本当にこの仕事をやりたいかを試す期間」にしました。
その頃から、遺品整理や特殊清掃の仕事を生涯続けたいという気持ちがありました。ただ、私は飽き性な性格でもあるので、途中で目移りしてしまったら嫌だなという不安もあり、その2年間で他に興味があることを全部やってみようと思ったんです。“くまさんのカステラ”の製造バイトやテレビ局のADなど、とにかく気になる要素を全部潰しておこうと思って。
それと並行して、遺品整理や特殊清掃がどんな仕事なのかもネットや本で調べていました。私は心霊やグロテスクなものが苦手だったのですが、耐性をつけるために海外のモザイク無しの事故の画像を見たり、死臭のイメージトレーニングをしたり…。当時は「もしかしたら遺体を見ることになるかもしれない」と思っていたんですよね。実際、ご遺体は運ばれた後に清掃に入るので、そのものが残っていることはないのですが。
そういう鍛錬期間を経ても、「この仕事がしたい」という気持ちが変わらなかったので、遺品整理や特殊清掃を手掛ける会社を探し始めました。
── 多くの業者があるなかで現在の会社を選んだ理由はあるのでしょうか?
小島さん:遺品整理や特殊清掃の業者を名乗る会社はたくさんあるのですが、求人サイトの募集文に「誰にでもできる簡単なお仕事です」と書いてある場合が多くて。私はこの仕事をするために鍛錬してきたし、遺品整理や特殊清掃を“ただの仕事”として、薄っぺらい感情で働くのは嫌だなと思ったんです。
そんなとき、今の会社のホームページを見たら、きちんと仕事のツラい部分も書いてあり、なおかつ遺族や故人さまへの敬意も感じられたので、「働くならここしかない!」と真っ先に応募しました。今の会社に落ちたらこの仕事は諦めるつもりだったのですが、ありがたいことに合格して、ここまで9年間にわたり働いてきました。
孤独死に乗じて不当なリフォームを要求する悪徳業者も…
── これまでさまざまな現場に赴いてきたなかで、印象に残っている出来事はありますか?
小島さん:初めて悪徳大家さんに出会った現場ですね。当時の私と同い年の22歳の男性が孤独死した現場だったのですが、部屋には飼っていた犬やネコも残されていて、部屋中がゴミで溢れかえっているような状態でした。私たちが部屋を清掃していると、急に見知らぬチンピラ風情の男性が入ってきて「ボス(社長)を呼んでくれ」と居座り始めたんです。
そのときは社長が不在だったので、説得して帰ってもらったのですが、しばらく経つと大家を連れてまた入ってきたんです。どうやらふたりは結託して「孤独死に乗っかってトイレとかもフルリフォームさせちゃおう」と怪しげに相談していて…。
亡くなった男性のお父さんはあまりのショックで部屋に入れず、一階のロビーで作業が終わるのを待っていました。人目も憚らず号泣しているにも関わらず、彼らは一方的にリフォームの話をし始めたんです。
当時は入社して数か月の新人で、法律の知識もなければ、その場で割って入ることもできなくて。結局、お父さんは「全部払います」と相手の過度な要求を受け入れてしまいました。元々、悪徳業者をどうにかしたいとの気持ちもあってこの業界に入ったのに、何も助けられずに不甲斐なさだけが残って、初めて同僚の前で泣いてしまいましたね…。
── 小島さんの著書には、勝手に現場に入ってきて遺品を持ち出す人もいるとありました。
小島さん:入社して6〜7年はたくさんありましたね。団地やアパートでは共用の廊下に遺品を搬出するのですが、明らかに接点のなさそうな住人が、部屋の扉を薄く開けてこちらをうかがっていて。「実は生前もらう約束をしていた」と高額な釣り竿や置き物、家電などを持っていくんですよね。その場にいるご遺族の方たちも呆れて「あげます」と言ってしまうことが多いんです。
以前、若い男性が孤独死した現場では、「友人」を名乗る男性たちが勝手に入ってきて、部屋の中を物色し始めたんです。悲しんでいる遺族が目の前にいるにも関わらず「すげー!これは売ったら○○万になる!」と嬉々としてフィギュアを外に持ち出していきました。遺品を換金することしか考えていないので、遺族の方へのお悔やみの言葉さえありません。
家族や親しい友人でなければ、人って亡くなったらお金になってしまうのか…とかなり衝撃を受けました。当時はまだ20代の若者だったので人を信じて生きていたのですが、人間の裏の顔や闇の部分を目の当たりにするのがショックというか…人を信じられなくなることもありましたね。
── 気持ちが苦しくなりますね…。反対に、気持ちが救われる現場もあるのでしょうか。
小島さん:幼い頃に両親が離婚して、ずっと離れて暮らしていた親の遺品整理の依頼も多いのですが、たとえ人生を共にしていなくとも、最後くらいは自分の手で見送ってあげたいというご遺族もいます。そんなときは家族愛を感じて温かい気持ちになりますね。
自分の家族とリンクして思わず泣いてしまうこともあります。以前、お姉さんを乳がんで亡くされた方のご依頼を受けたのですが、おそらくとても几帳面なお姉さんでお部屋もすごくきれいにされていて。私にも姉がいるので、生前のお話をいろいろと聞いていると、やはりこみ上げるものがありました。
“ひとり”で亡くなったとしても“孤独”ではない
── 孤独死の現場にご遺族が立ち会う際、心掛けていることはあるのでしょうか?
小島さん:たとえ今は「死」というツラい現実に直面していても、故人さまとの楽しかった思い出を忘れずに生きていってほしいと思うので、作業中はなるべく故人さまの人生を振り返られるような話題を振るようにしています。
たとえば着物やお稽古道具を見つけたら「なにか趣味があったんですか?」、山岳シューズなどがあれば「山に登るのが好きだったんですか?」とご遺族に尋ねてみます。初めは暗い顔をしていても、故人さまの人となりを振り返りながら、だんだんと表情が和らいでいくんですよね。
たとえ亡くなったときは“ひとり”でも、こうやって故人さまのことを大切に思う人がいる。この人は“ひとり”じゃなかったんだなと気づくと、とても安心した気持ちになります。
子どもが嫁いだり、配偶者と離婚したり、先立たれたりと、どうしてもひとりで暮らす場面ってあると思うんです。でも、その人がひとりで亡くなったから「孤独」かと言われたら、決してそんなことはないと思っています。友達が多かったり、趣味が充実していたり。孤独死の現場の遺品を整理していると、周りが想像する「悲しい人生」「寂しい人生」だった人はひと握りだなと思います。
── 遺品整理は単なるあと片づけではなく、故人の人生を振り返る時間なのですね。小島さんの場合は特に、一つひとつの現場に共感を寄せながら向き合っているように感じます。
小島さん:私の場合は、自分の家族が亡くなったと思って清掃や整理に入るんですよね。まったくの他人が亡くなった部屋なら「怖い」とか「不気味だ」と感じるのかもしれませんが、自分の身内だったらそんなことは思いませんよね。
作業する現場では自分の父や母が亡くなったと思いながら、その人がどんな人生を送っていたのかに想いを寄せて、故人さまの“生きた証”を探すようにしています。
── 特殊清掃や遺品整理の業界は離職率が高く、小島さんも著書で“100人中99人が辞める”と表現しています。それでもなお、この仕事に向き合い続ける原動力とは何でしょうか?
小島さん:やっぱり悲しむ遺族の力になりたいという気持ちが強いからだと思います。この仕事に対する使命感のようなものや、遺族の方が悲しむ問題をどうにかしたいとの正義感がまだまだ残っているんですよね。自分がこの仕事を続けながら感じたことを、さまざまな方法で伝えていきたいと思っています。
PROFILE 小島美羽さん
1992年、埼玉県生まれ。郵便局員を経て、2014年より「遺品クリーンサービス」(株式会社ToDo-Company)に所属し、遺品整理や孤独死、ゴミ屋敷などの現場の特殊清掃に従事する。2016年から孤独死の現場を再現したミニチュアの制作を始め、国内外のメディアやSNSで話題となる。著書に『時が止まった部屋 遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし』、企画・原案に『あなたの生きた証を探して 遺品整理人がミニチュアで表現する孤独死の現場』を持つ。
取材・文/荘司結有 写真提供/小島美羽