昨年、旅行会社「令和トラベル」に転職をした元アナウンサーの大木優紀さん。華やかなテレビの世界から、スタートアップ企業への異例な転職が話題になりました。前回の取材は転職して間もない頃。あれから約1年が経ち、旅行の需要も回復傾向に。今年4月の執行役員就任のニュースを聞き、新オフィスを訪ねました。
役員就任は「デメリット」になるかも?
── 令和トラベルの執行役員に就任されたそうですね。心境をお聞かせください。
大木さん:正直にお話しすると、私が執行役員になることは会社のデメリットにもなりえると思い、迷いました。プロフェッショナルなメンバーが揃っているのに、経験の浅い私がその立場に就くことでマイナスになるのではと…。
それに私自身、役職に就いて、そこからのキャリアアップというイメージを描いていませんでした。ただ、この会社で自分ができることを頑張ろうと思っているだけだったので。それをお伝えしたうえで、一緒にやっていこうと言ってもらい、決意しました。
ありがたいことに、執行役員就任のリリースを社外に出したことで、いろんな方からご連絡をいただき、新しい取り組みが次々に進んでいます。これを一過性のものにせず、つねに令和トラベルに興味をもっていただけるようPR担当として頑張っていきたいと思います。
── 役職に就いたことで、働き方に変化は出たのでしょうか。
大木さん:仕事の違いはあるものの、働く環境は変わっていません。以前はPR業務を一人でやっている感じでしたが、いまはそれに加えてSNS全般と、社内のカルチャーづくりやコミュニケーションの円滑化を目指す部署を担当しています。
私の経験で生かせるスキルがコミュニケーションに関わる部分なので、社外のメディアや、社内メンバー間、SNSも新しいユーザーとのコミュニケーションの場と考えて、その部分全般を。これを私の得意分野と捉えてもらったのが、執行役員に選任してもらった経緯ではないかと思います。
感じ始めた、元同僚たちとの差
── 1年前の取材時は、まだ“アナウンサーの大木さん”としての印象が強くありました。今回久しぶりにお会いして、雰囲気も変わり、会社に溶け込んでいるように感じます。
大木さん:えぇ!そうですか(笑)。たしかにあの頃は、社内では異質の経歴だし、どこか周りへの遠慮や気づかいがあったかもしれません。いまはメンバー同士の理解も深まり、のびのびできていると思います。
テレビ朝日を退職後、仲のよかった元同僚たちと定期的に集まっているのですが、最近そのメンバーと会ったときに私自身も自分の変化を感じました。
これまでは一緒の立場で、一緒の目線で会話をしていたんですよね。あの部署のあの人はこうだよね、みたいに。でも彼女たちは彼女たちの時間が流れていて、私は私で時間が流れていろんな出来事があって…。
同じ輪のなかでの共感が薄れて、私はこちら側の人間になったな…と少し寂しく感じる一面もありました。でも、だからこそ互いに違う話題を持ち寄って、その刺激も大きく感じられるようになったとも思います。
── 前職は勤続18年ですよね。長く勤めていた分、変化にも時間がかかりそうです。
大木さん:やりとりのテンポとか、言葉では表せないような業界の作法とか、特殊な専門用語とか、そういうものが1年経ってやっと自分に染みついてきて、それがいいのか悪いのかわからないですけど、すっかり染まってきました(笑)。
転職した当時はコロナ真っただ中で、世の中に不安な空気が漂っていたタイミングでした。私自身も海外旅行予約アプリ『NEWT(ニュート)』をローンチして、旅行を提供する会社だということは頭で理解していたつもりですが、いまとは見えているものがまったく違い、自分のなかでもピンときていなかったような気がしています。
── 入社当時、旅行会社というよりIT会社のようだとお話しされていました。
大木さん:そうなんです。令和トラベルは、旅行×ITで海外旅行マーケットの変革にチャレンジしています。昨年4月の『NEWT』ローンチ後は、多くのお客様に海外へ旅立っていただけるようになり、ようやく私自身も、ビジョン実現のスタートラインに立てた感覚が持てるようになりました。
ITの世界観にも少しずつ慣れてきましたが、まだまだ難しいこともたくさんありますよ(笑)。会議でつい「“なんとなく”こっちがいいと思う」と発言すると、必ずエビデンス(証拠)や数値を出して、と言われてしまうんですね。
前職のテレビ局では、数字など細かい部分は別の部署が背負ってくれていました。私はフィーリング重視で、伝えることで受け手がそれを聞いてどう感じるのかというところにばかりフォーカスしていたような気がします。伝える難しさはまだまだ勉強中です。
Z世代から気づかされたこととは
── 御社の平均年齢は32.6歳だとか。若い世代とはどのように向き合っていますか?
大木さん:今年3月にSNS運用をしてくれているインターン生3人と一緒に、ソウル旅行に行きました。二十歳ぐらいの子たちとの旅行は本当に刺激的で楽しかったですし、何より私自身すごく学びや気づきが多くて。
私は勝手に同じ目線で話をしていたんですけど(笑)、寝食を共にすると少しずつ、こういうふうに世代の感覚が違うんだと実感しました。そして、彼女たちはSNSなどで情報のキャッチアップがうまい。何度も訪れたことのある韓国ですが、同世代の友達と行ったときには出会えないものに出会えました。
── 同じ時間を過ごして、どんな学びや気づきがありましたか?
大木さん:例えば「これカワイイ!」「カッコいい」という感情だけでいろんな行動を決めるところ。購買意欲に繋がったり、好き嫌いに繋がったり。そういえば自分も学生時代の昼休みは、会話の8割ぐらいはカワイイかカッコいいかの話をしていたなぁ、なんて(笑)。
40代にもなるといろんな経験や情報を見聞きしてきたからこそ「絶対好きなもの」と「絶対にNGなもの」はあるけれど、その間が曖昧になっている気がして。いいなとは思うけど、一概には言えないよな…みたいな。
彼女たちは年齢的に経験や情報も少ないけど、これは好き!これは嫌い!という思いきりのよさがあります。そんな彼女たちのエネルギーに、弊社のサービスも判断されるんだな…と感じて。
好き・嫌いの気持ちに、「エビデンスは?」なんて誰も言わないですよね。フィーリングで嫌い!となったら嫌いなんです。気づかないうちに私から消えていた感覚が、呼び起こされました。
── なるほど。でも、大木さんは会議ではエビデンスを求められてしまう(笑)。どう消化しますか?
大木さん:そうですね(笑)。でもそれが、この会社で私が執行役員に就かせてもらった意味かもしれません。私自身がもともと感覚的に持っている、数字や正論だけじゃ動かせない得意な部分は絶対にあると思っていて。
もちろんエビデンスや数値の必要性も理解していて、だからこそなかなか難しくて、すぐに結果に結びつくことではないけれど…。その感覚をこの会社に繋げて、どうメッセージを出していくかが、私に任された役割だと思っています。
PROFILE 大木優紀さん
1980年東京都生まれ。2003年テレビ朝日アナウンス部に入社。『くりぃむナントカ』『ET SPORTS』『スーパーJチャンネル』などバラエティ番組から報道まで幅広く活躍する人気アナウンサーに。2021年12月に同社を退職し、2022年1月株式会社令和トラベルに入社した。2010年に一般男性と結婚し、現在は小学生の長女・長男と4人暮らし。
取材・文/大野麻里