長女が生まれて障害がわかるまで、バリバリのキャリアを積んでいた本田香織さん(41歳)。ハンディに見える子育てを、真っ白な思いで前向きに変えるきっかけがありました(全3回中の3回)。
子どもに障がいが見つかるとママ友とも疎遠に
── 本田さんは子ども用車いすの啓発活動や、障がいをもつ子どもとその家族へのサポート活動をするため、一般社団法人を立ち上げました。法人名の「mina family」には、どんな意味が込められていますか?
本田さん:「みんなファミリーだよ」という思いを込めました。私もそうだったんですが、子どもに障がいがあるとわかると、お母さんは孤立しがちです。それまで仲の良かった友人たちからも、はれものに触れるように気づかわれてしまって…。
たしかに障がいをもつ子どものお世話は、大変かもしれません。でも、障がいの有無に関わらず、わが子はすごくかわいいし、娘のペースで成長してくれるのを見るのはうれしいんです。ただ、「うちの子はかわいいんだよ。こんなこともできるようになったよ」と話したくても、まわりは「どんな反応をしたらいいんだろう」と、変な雰囲気になってしまいます。
結局、話せる相手はごく限られた家族だけ。私のまわりの障がい児のお母さんたちも、周囲に子どもの話ができないと話す人が多かったです。それだったら、「私たちみんなで家族になろう。家族みたいな気持ちで一緒にいよう」と伝えたくて「mina family」という名前にしました。
障がいをもつ母親とのつながりで社会をよくしたい
── 子ども用車いすの啓発活動以外にも、さまざまな活動をされているそうですね。
本田さん:社団法人した当初から、障がい児用の商品開発にも取り組んでいます。股下までホックのついた大きなサイズのロンパースもそのひとつです。市販されているものは、100センチくらいのサイズまでしかありません。でも、障がいのある子は抱き上げて介助するときに、裾が短い肌着ではおなかが出てしまうことが多いんです。だから、周囲のお母さんたちからも「160センチくらいの大きいサイズが欲しい」という声がありました。
そこで、いろんな肌着メーカーに問い合わせをしました。でも、なかなか話を聞いてくれるところは少なくて。サイズの大きいロンパースは「継続発注にならない」「生産数が少ない」「提案する私の資金力も少ない」と、メーカーにとってもデメリットが大きいんです。たまたまお会いした肌着メーカーの会長が「協力したい」と言ってくれて。いまでも一緒に商品を作らせてもらっています。
── いい出会いがあったんですね。
本田さん:本当にいい会社とめぐり会えたなと思います。「mina family」に関わってくれるメンバーや、子ども用車いすマークのキーホルダーやロンパースを購入してくれた方たちと 「こんな商品があったらいいね」と話し合う機会もあります。いろんな話を聞かせてもらえて、たくさんのアイデアが集まっています。今後も、障がい児のお母さんたちを集めて、商品開発ができたらいいなと思っています。
── 今後、どんな活動をしていきたいですか?
本田さん:障がい児の子育てをしているお母さんたちは日々頑張っています。たとえば食事にしても、うまく飲みこめない子が上手に食べられるように調理方法や食べさせ方を変えるなど、工夫をして子育てや介護をしています。こうした情報をまとめ、たくさんの人と共有したいです。
また、最近、私も大病をして病院には親子で大変お世話になっています。この経験を還元していけたらと、現在は医療系の認定NPO法人の委員バンクメンバーとして活動し、病院の評価委員などを務めています。
娘のおかげで「当たり前」の大切さと大変さを知った
── 娘さんの存在のおかげで、子ども用車いすの存在も認知され始め、障がい児向けの商品も開発され、社会も変わってきたといえるかもしれないですね。
本田さん:そのとおりです。長女が生まれる前、仕事に夢中だったころの私は「人間の価値は、どれだけ社会への貢献度が高いか、生産性の高い仕事をしているかで決まる」と本気で思っていたんです。
おそらく当時の私は、ラッシュ時の電車で子ども用車いすを見かけても、深い事情まで思いやれず「わざわざこんな時間に出かけなくていいのに」と、考えていたかもしれません。
娘が生まれ、障がいを抱えるとわかったとき、本当にショックだったのですが、その理由のひとつが「この子は今後も働けない、一生税金を納めることもできないんだな」ということでした。娘のお世話があるので、これまで自分が積み上げてきたキャリアも手放さないといけなくなり、とても苦しかったし、たくさん悩みました。
いっぽうで、娘に障がいがあったからこそ、当たり前の生活を送れず、つらい思いをしている人がいることを知りました。その結果、「mina family」の活動を始め、多くの人と知り合えました。娘のおかげで私の視野は広がり、新しく取り組めたことも数多くあります。
── 本田さんの価値観も、大きく変わったのですね。
本田さん:そうなんです。さまざまな経験を経て、「仕事内容や生産性の高さは、人生のなかでほんの一部を占めるものでしかない」と思うようになりました。いまは、人の魅力は、仕事や社会への貢献度だけでは測れないものだと感じています。
人はそれぞれすばらしいものを持っています。そのことに気づければ、さまざまな人が生きやすく、ゆとりをもてるのではないかと。このように考えられるようになったのも、娘が生まれてきてくれたからこそです。
じつは私は離婚をして、現在は再婚をしました。当初は再婚に抵抗がありました。子どもが再婚相手の男性から暴行を受けるニュースをよく目にするし、娘は自己表現ができないので、万が一、何かあっても周囲に伝えられないからです。でも、離婚後、いまの夫と交際を始め、「この人だったら大丈夫」と思えました。夫の覚悟は私以上だったと思います。初婚だったうえに、重度障がいをもつ子の父親になるわけですから。
人生は何があるかわからないとしみじみ思います。きっと今後もさまざまなことを経験し、また価値観が変わる場合もあるかもしれません。それらをすべて糧にして、そのとき自分にできることに全力で取り組んでいきたいです。
PROFILE 本田香織さん
2012年生まれの長女が生後6か月で難病の「ウエスト症候群」と診断される。肢体不自由・精神発達遅延のある娘のため、2015年「一般社団法人 mina family」を立ち上げる。子ども用車いすを多くの人に知ってもらうための活動、病気や障がいをもつ子どもとその家族へのサポート活動を行っている。
取材・文/齋田多恵 写真提供/本田香織