2017年、日本郵船創業132年で初の女性船長に就任した小西智子さん。プライベートでも海に出かけてしまうというほど海と船を愛し、仕事への熱意は人一倍の小西さんにとって、理想の「船長像」とは?(全2回中の2回)

 

かつて航海士として乗船していたSAKURA LEADERの模型と

一度船に乗れば家族とや恋人とは半年は離れ離れ…

── 日本郵船初の女性船長である小西さん。制服姿が凛々しくて素敵ですね。

 

小西さん:ありがとうございます。制服は、入社する時にオーダーメイドであつらえ、昇格とともに袖章の金筋が増えていきます。入社当時の19年前には、余裕を持たせて作ったのですが、年月を経て、いつのまにかちょうどいいサイズになってしまいました(笑)。

 

── 船内のキャプテンである船長は、どのような仕事をするのでしょうか?

 

小西さん:船には、エンジンや機器のオペレーションとメンテナンスなどを行うエンジニアである「機関士」と、安全な船の操縦や積荷の管理を行う「航海士」、そして彼らの指示の下でさまざまな作業を行う「部員」がいます。船長は、みんなを束ね、運航の最高責任者として現場の最終的な判断を下す立場になります。

 

── マネジメントで心がけていることはありますか?

 

小西さん:2017年に船長に就任して以来ずっと、陸上勤務が続き、まだ船長として実職を執ったことがないのですが、「船内の雰囲気がいい船はトラブルを乗りきりやすい」という実感があるので、チームワークがなにより大切だと考えています。

 

風通しがよく、なんでも気軽に話せるチームであれば、それぞれがちょっとした異変でも声をかけあうことができ、船の安全につながりますので、コミュニケーションがカギだと思っています。船内では基本的に階級制度を則って活動するので、上の立場の人があまりに高圧的すぎると、下の人が話しかけづらくなってしまいます。これまでどおり、自分からコミュニケーションをとって士気を高め、雰囲気のいいチームをつくっていきたいですね。

 

船橋で先輩航海士、後輩航海士と雑談中の1枚(写真提供/日本郵船)

── いったん乗船すると、半年ほど船で過ごすことになります。家族やパートナーと、なかなか会えなくなってしまいますが、寂しさやストレスを感じたりしませんか?

 

小西さん:私は独身ですが、パートナーについては、やはりこちらの仕事を理解してもらえる相手じゃないと難しいなと感じますね。私が乗船して10年目ぐらいまでは、Wi-Fiが繋がらなかったので、連絡を取るのもひと苦労でした。

 

── その間、連絡はどうされていたのですか? 手紙とか?

 

小西さん:船全体のメールアドレスがあり、1回1ドルを払えばテキストでやりとりができます。ただ、船全体のアドレスなので、みんなに見られてしまうリスクはあるのですが…。

 

── そんな「公開ラブレター」のような状態に(笑)。抵抗はなかったですか?

 

小西さん:もちろん抵抗はありましたよ(笑)。でも、それしか手段がないので、他の人に見られることは覚悟のうえでしたね。逆に、同期と一緒に乗船しているときに「彼女からのメッセージを印刷してほしい」と頼まれ、仕方ないのでテキストを開いたら「ダーリンへ」と書かれていて…気まずい思いをしたことも(笑)。

 

今は、さすがにそうしたことはありません。それでもいったん乗船すると半年は会えませんし、下船しても2か月後には船に乗るサイクルなので、理解してくれるパートナーでないとなかなか続けるのは難しいかもしれません。

 

でも、自分で選んだ仕事ができるというのは、すごく幸せなことだと思いますし、なにより海や船が大好きなので、ずっとこの仕事に関わり続けていきたいです。この先、もしもライフイベントを迎えることがあっても、幸せに働き続けることができるように、会社と一緒にルールをつくっていければいいですね。

後に続く後輩のためにも働きやすい道をつくりたい

── 後に続く後輩の方々にとっても、働きやすい環境になりますね。

 

小西さん:私にとっても、それが頑張るモチベーションのひとつになっています。これまで周りの協力もあり、職場でジェンダーギャップを感じることなくやってきましたが、下の世代にどう繋いでいくかを考えなくてはいけない立場になってきていると実感しています。

 

弊社は、そもそも女性が少ないので、その分、個人の事情に柔軟に対応してくれるよさがありますが、この先、女性の採用を増やし、働きやすい環境を整えるには、組織として新たな仕組みをつくっていく必要があると思っています。

 

紙海図で航海計画を確認しているところ。「今は電子海図が主流になってきました」(写真提供/日本郵船)

── 小西さんをロールモデルにする方も出てくるでしょうね。

 

小西さん:やはり、後輩の女性たちにとって、ライフイベントをどう乗り越えて船の仕事を続けていくかという点でハードルが高くなっているようです。育児や介護など、いろんな事情を抱えた人が幸せに働くためには何が必要なのか、会社と一緒に考えていきたいですね。

 

そのためには、いろいろな働き方のパターンを提示することが大事です。私もこの先、どんなライフスタイルになるかはわかりませんが、自分の働き方を示すことがロールモデルのひとつになり、後輩の働きやすさに貢献できれば嬉しいです。

 

── ちなみに、プライベートはどのように過ごされていますか?

 

小西さん:国内外の旅行に行くのが好きで、旅先でダイビングをしたりと、アクティブに過ごすことが多いですね。旅先でも、運河で船を見るとつい乗りたくなってしまいます。一緒に旅行に行った友達には「普段、あれほど大きな船に乗っているのに、まだ乗りたいの?」と飽きられています(笑)。

 

日本郵船・小西智子さん
沖永良部島でケイビングを体験したときの様子(写真提供/小西智子)

── やはり、海や船に心惹かれるのですね(笑)。今後の目標や夢があれば教えてください。

 

小西さん:島国である日本では、暮らしに必要な生活物資やエネルギーなどの資源を世界中から輸入していますが、実はその99.6%を船で運んでいます。社会のインフラを支えているという自負を持って働いていますが、なかなかそれを皆さんに意識していただけることがなく、船に関わる仕事をしている身としては、ちょっと寂しいし、悔しいなという思いもあります。海のことや船のことをもっと知っていただけるように発信をしていきたいですね。

 

女性にとっても、船の仕事は特殊なものではなく、当たり前にある職業選択肢のひとつという位置づけになってほしいと思っています。

 

PROFILE 小西智子さん

​1983年生まれ。三重県出身。2004年、鳥羽商船高等専門学校を卒業後、日本郵船に入社。航海士として経験を積み、17年に日本郵船132年の歴史の中で、女性として初めての船長となる。1級海技士、衛生管理者、無線通信士、甲種危険物取扱者等の資格を所持。

 

取材・文/西尾英子 撮影/ちゃんと編集部