子どものしつけといって、大声で怒鳴る夫。幼少期のトラウマで子ども以上に硬直してしまう妻。思い切った話し合いで、子どもが成長し夫婦が信頼関係をつくれたといいます。

 

幼少期に「親からビンタ」されたつらい記憶

「体罰はダメ」な時代ですが、5歳と3歳、ワンパクな男の子が2人いるミサコさん(36歳、仮名=以下同)には、ある悩みを抱えていました。

 

「2歳年上の夫は体育会系で、言うことをきかないなら、ときにゴツンとやることが必要と、時代錯誤的なことをつぶやきます。私自身、父からビンタされたり母から髪の毛を引っ張られたりと、暴力を受けて育ちました。だから男性の大きな声を聞いただけでビクッとしてしまう。うちの夫はもともと声が大きいのですが、子どもたちが騒ぎだすと、まず『こらっ』と声を上げる。その時点で、私のほうが硬直してしまって…」

 

客観的に見たら、夫が大きめの声を出すのは当然な状況でも、自分が過剰に反応してしまうとミサコさんは言います。大人になってから、子どものころに受けた心の傷について忘れたつもりでも、心の奥には恐怖感が残っているのでしょう。

 

「夫は手をあげたことはありませんが、いまにもあげそうになったことはありました。本人はフリだというけど、私はやはりビクってなる。あるとき、外出先で夫が騒ぐ子どもたちに『うるさい!』と言ったので、『うるさいのはあなたよ』と思わず叫んでしまいました。私は我慢の限界でキレたんです」

 

夫はキョトンとしたように彼女の顔を見ていました。

話し合いで「どなりクセ」を抑えられるようになった夫

そこからふたりで毎日のように話し合う日が続きました。ミサコさんは初めて、子どものころに浴びた暴力のことを夫に詳細に話したといいます。夫も真剣に聞いてくれました。

 

「大声を出してから平手打ち、何も言わずにバチンとくることも。大きな声は前兆で、それを聞くと体が固まってしまうと夫に言ったんです。『それはわかった』と夫は言いました。だけど外で子どもたちがはしゃいで、危ないことをしたらどうする?と。そのときは近くによって抱き上げるとかしゃがんで言い聞かせるとか、方法はあると私は答えました」

 

子どもがグズって騒いでいるのか、うれしくてはしゃぎすぎているのかはわかるもの。そこを見極めること、ふだんから公の場では騒がないことを約束させておこうとふたりは話し合いました。

 

「その後、4人で出かけたときに子どもたちがうれしくて騒いだことがありました。夫は我慢し、『たくさん人がいるところで騒がないって約束したよね』としゃがんで言い聞かせました。それを繰り返しているうちに子どもたちは、本当に騒がなくなったんです。はしゃぎだしたら、私が『シーッ』と指を口に当てると、子どもたちも同じしぐさでニコニコしてる。その代わり、家の中では多少はしゃいでも怒りません。TPOに応じてどう振る舞ったらいいか、子どもは案外、わかってるんですよ」

 

夫は「言ってもらってよかった。僕は“お尻を軽く叩く”くらいはかまわないと思っていたけど、それは親が簡単にその場をおさめたいだけだとわかったよ」と言うようになりました。夫の理解を得て、ミサコさんの体が硬直することもなくなり、夫婦の信頼関係が築けるようになった気がすると言います。

 

「大声を出したり手をあげたりしなくても、真摯に伝えれば子どももわかる。楽しすぎてはしゃいでしまうのもわかるけど、ここで騒いだらダメだよと言い聞かせます。ときどき近所の広い公園に行くんですが、『公園では駆け回っても大声出してもいいからね』と」

 

夫の大声が激減したのがミサコさんにはうれしい変化。家の中に笑い声が多く響くようになったそうです。


文/亀山早苗 イラスト/前山三都里