宿題、テスト、通知表、学年。学校教育で当たり前のものが”ない”学校があります。なぜなのか、子どもの学びはどうなのか?独自の校風を貫く学校の創設者に話を聞きました。

 

驚きの「時間割」には基本教科の授業がない!

学年でなく「体験学習」ごとのクラス編成

「弥次さん喜多さんが、キツネに騙されるエピソードがおもしろいね」「五右衛門風呂の釜底を抜かしちゃったエピソードも入れよう!」「ふたりはどんな旅をしていたんだろう。実際に旅路を見に行こうよ」

 

授業中、こんな会話が飛び交う私立学校があります。今年で開校33年目を迎えた、和歌山県の「きのくに子どもの村小学校」です。この学校の特徴は、学びの中心が「プロジェクト」と呼ばれる体験学習であること。創設者で学園長の堀真一郎さんは、次のように話します。

 

「本校では小学校のクラス編成が、『3年2組』といった学年による編成ではなく、1〜6年生が入り混じった、プロジェクト単位の縦割り学級です。クラスは、『工務店』『おもしろ料理店』『クラフト館』『劇団』『ファーム』の5つ。1〜6年生の子どもたちは毎年、活動内容やクラスメート、担任となる大人を見て、自分が入りたいクラスを自由に選ぶんですよ」

 

工務店クラスが作ったバンガロー2棟。合言葉は「バンガローで頑張ろう!」

劇団クラスの子どもたちは3学期に発表する劇のテーマを、「弥次さん喜多さん」に決めました。ただし、大人が用意した筋書き通りに演じる、ただの演劇ではありません。子どもたちは『東海道中膝栗毛』を読んだり、江戸時代の生活を調べたりして知識と興味を深め、自分たちなりの解釈で台本を作成するところから始めます。

 

「台本ができたら、小道具を自分たちで用意します。たとえば『弥次さん喜多さんが被っている笠はよく見ると端っこが下に伸びてる!』と、江戸時代の旅に“角笠”という笠が使われていることに疑問を持ちます。すると子どもたちは、なぜこの形の笠が使われていたんだろうと調べ、日よけにも雨よけにもなるからだと学ぶ。それっぽいものを作るのではなく、角笠に似た形状の材料を探して、本物に近い笠を作ります。『形のバランスが悪いと、かぶったときに傾くなあ』と、試行錯誤しながら作っていましたよ」

 

堀さんいわく「プロジェクトのテーマを決めたらできるだけ関心を広げて、深く知的探求をすることが大切」。あらゆる疑問に直面しては納得いくまで調べ、つくり、現地に出かけ、子どもたちは探究を続けます。

「親子丼にする?」お弁当の注文も子どもたちで

「先日は子どもたちが役づくりをする過程で『弥次さん喜多さんの旅路を見に、旅行に行こう!』と、地図を広げていました」

 

もちろんこの旅行も、プロジェクトの一環。こうして子どもたち自身が学習計画をつくり上げていきます。教員が旅の予算を提示すると、子どもたちは予算内で収まるように旅費や食費を計算。行き先は江戸時代の街並みや宿泊所が再現されている、長野県木曽郡の妻籠宿(つまごじゅく)に決まりました。

 

「堀さん、旅行のときのお弁当どれにする?いちばん人気は唐揚げ弁当と親子丼!」「じゃあ親子丼」

 

旅行中の食事を用意する子どもたちが弁当屋のメニューを手に、堀さんに尋ねに来ました。自分たちで弁当屋に電話をかけ、参加者全員分の食事を手配するそうです。

 

体験学習の目的は、自分で考え行動する力、つまり「幸せに生きる力」を育むこと。与えられたことをこなすだけの教育とは異なり、この学園には宿題やテストがありません。子どもを数字で評価する通知表もなく、そのかわり、学習のプロセスや成果を文章で記述します。

 

工務店クラスの教室に貼っている「今年したいこと」一覧

「『体験学習で学力が身につくのか?』と心配する声もありますが、子どもたちはプロジェクトを進めるなかで、国語・算数・理科・社会など基本教科の要素も吸収していきます。本学園の小・中学校や高等専修学校を卒業したあとの進学率は高水準で、東大、京大、大阪大、大阪市大などの国公立の難関大学や、早稲田、慶応、同志社といった有名私立大学、ポーランドやオーストラリアの大学に進む子どももいます。2009〜2012年に行った調査では、進学先の高校の中間テスト・期末テストの平均順位が23位(1学年の平均233人中)でした」

 

学校生活で身につけた「能動的に学ぶ姿勢」が学力に好影響をもたらしているのでしょう。教科書を使った一斉授業や、宿題やテストによる詰め込み型の学習をせずとも、学力が向上することがわかります。

 

「子どもたちは、興味・関心に沿った授業であれば本当によく頑張るんです。頑張らないといけないから頑張るのではなく、おもしろいから頑張る。これがいちばん大切なことだと思います」

ある本との出会い「いつかこんな学校をつくりたい」

いまでこそ「自由な学校」は増えてきましたが、“当たり前”とは程遠いこの学園の取り組みは、30年前の学校教育ではまだ理解されがたいものだったはずです。学校づくりに8年間奔走して49歳で学校創立にこぎつけるまで、堀さんはいったいどんな道のりを歩んできたのでしょうか。

 

堀さんが教育に興味を持ったのは小学校4年生のころ。母親が働く山奥の分校に遊びに行ったときに見た光景に心を奪われたのです。

 

創設者であり学園長の堀真一郎さん

「そこは1〜3年で1クラス、4〜6年で1クラス、計30人しか子どもがいませんでした。教員も私の母と男性の2人だけ。5年生の子どもがプリントを持って3年生の子どもに、『俺わからんけど、お前わかるか?』って聞くんです。

 

学年の壁も上下関係もないことにびっくりしました。先生も子どもに対して制限することは言わないし、子どもたちはみな学校が大好き。家で夕飯をとってから、また学校に遊びにきて先生とトランプをしているほど(笑)。自然が豊かで村の人との関係も良く、まるで『二十四の瞳』に出てくる学校のようでした」

 

この分校に魅せられた堀さんは「僻地教育」に興味を持ちました。その後は公立の進学校へと進み、京都大学の教育学部に進学します。

 

「地元の福井県で山奥の分校の教師になろうと教育を学んでいた21歳の秋、きのくに子どもの村学園のモデルとなった『サマーヒル・スクール』の創設者、A・S・ニイルの本を初めて読んだんですよ。“出会ってしまった”と思いました」

 

サマーヒル・スクールは、「授業へ出るか出ないかは子どもが決める」「全校集会では校長も5歳も同じ1票」「大人と子どもがファーストネームやニックネームで呼びあう」などの特徴から、「世界一自由な学校」と呼ばれます。

 

堀さんがこれまで通った学校や受けてきた教育とは、何もかもが異なりました。最初は驚きと疑問の連続だったニイルの教育でしたが、読めば読むほどに納得。堀さんは何度も読み込んだこの本の隅に「いつかこんな学校をつくりたい」と、書き記しました。

「1億円の資金援助の申し出が」ある社長との共鳴

教授の推薦で大阪市立大の教員となった堀さん。そこで、ショッキングなできごとが起こりました。

 

「小学生を対象に大規模な調査を行いました。すると、“学校でいちばん楽しいことは何か”という質問に対し、“授業”と答えた子が農村の子で5%、大都市の子ではわずか2%。私はそのとき、少なくとも30%の子どもが“授業がいちばん楽しい”と思える学校をつくりたいと思ったんです」

 

このできごとがきっかけで41歳のときに堀さんは、仲間たちと『学校をつくる会』を発足しました。学校づくりに奔走していた当時のことをこう振り返ります。

 

「クラフト館」クラスが作ったガチャガチャ

「経営は大丈夫かな、子どもが集まるかな、この給料で教職員になる人が現れるかなと、不安がありました。でも幸運なことに、ミキハウスの社長・木村皓一さんに出会えたんです。木村さんは学園創設に際し1億円の資金援助と、自社から教員免許を持つ社員の派遣を申し出てくれました。私たちの学校づくりの夢と理念に共鳴する一心で、力を貸してくださったのです」

 

そのほか、「学校をつくる会」メンバーの自己資金や、入学予定の子どもの保護者からの寄付など多方面からの援助を受け、1992年、きのくに子どもの村学園を創立しました。創立25周年を迎えた2016年。「ふと、学校づくりを決意したときに掲げた目標を思い出した」という堀さんは、学園の4〜6年生を対象にアンケートを実施しました。

 

“学校でいちばん楽しいことは何か”という質問に対し、「学習(プロジェクトと基礎学習)」と回答した子どもが58%。当初掲げた目標を、大きく上回りました。アンケートの結果に「よかったですよ」と笑う堀さん。宿題、テスト、通知表、学年などあらゆるものがない、自校の教育の在り方についてこう話します。

 

「大人が、“あれしなさい”、“これしなさい”とレールを敷かなくても、子どもたちは教えあいながら成長します。何かに夢中で取り組める環境を整えれば『他人に勝とう』なんて思いを持たないし、序列や競争も生まれません。子どもは、我々大人がイメージしているよりもはるかに力を持っていますよ」

 

取材・文・撮影/白石果林 画像提供/きのくに子どもの村学園