華やかな宝塚歌劇団。2枚目役や娘役が脚光を浴びます。「私向いてないかも…」途方にくれた天真みちるさんが見つけた、第三の道は「おじさん役を極める」でした。
「宝塚歌劇団が向いている」祖母のひと言で受験
── 宝塚歌劇団をめざしたきっかけを教えてください。
天真さん:祖母が宝塚歌劇団好きで、なぜか小学校2年生のころから「みちるは宝塚歌劇団に入るといいよ」とずっと言われていたんです。私は3人姉妹に弟がいる4人姉弟です。そのなかで私にだけ勧めるのは、向いているからだろうと思って。まわりにも「宝塚音楽学校に入学して、宝塚歌劇団に入団する」と言っていました。両親も「そこまで言うなら」と、声楽やバレエの習い事をすすめてくれました。
でも実際のところ、私自身はそれほど宝塚歌劇団に興味があったわけではありません。「おばあちゃんが勧めるから」と、流されている感じでした。
── 宝塚音楽学校を受験されてみていかがでしたか?
天真さん:宝塚音楽学校がすごい倍率の学校だと気づいたのは、試験会場に着いたときです。本当にきれいな人たちが、「絶対に入学したい」と必死なのを見て、自分の甘さを思い知りました。当然、一次試験で落ちて。他の受験生たちにくらべて私は志望動機もぼんやりしていて、すごく恥ずかしかったです。
「他の受験生と肩を並べられるよう、もう1回だけ受験しよう」と、アルバイトして自分でレッスン代も払い、全力で頑張って2回目の受験で合格しました。
入学で燃え尽き症候群に「目的を見失いました」
── 宝塚音楽学校入学後はいかがでしたか?
天真さん:音楽学校に合格することが目標になっていたから、燃え尽きていました。でも、トップスターをめざしている子たちにとって、受験合格は通過点にすぎません。入学後も日々努力を重ねる子たちとは大きな差がついてしまいました。
それに2枚目役の稽古をしても、しっくりこなくて…。もともと自分をかっこいいと思っていたわけではないから、「イケメン役は私でなくてもいいんじゃない?じゃあ、なにを目指したらいいんだろう?」と方向性を見失っていました。
── 2年後の宝塚歌劇団に入団後はいかがでしたか?
天真さん:大きな役はもらえず、いつも「その他大勢」でした。両親や親戚が観に来てくれても「どこにいるかわからなかったよ」と言われるくらいで。
90分のお芝居のなかで、出番はトータルで3分ほどのときもありました。なんとか存在をアピールし、居場所をつくる必要性を感じて。あるとき、芝居の稽古を見ながら「おじさん役って重要な役割だな」と気づいたんです。
── 華やかな2枚目のイメージが強い宝塚歌劇団のなかで、おじさん役は意外なポジションですね。
天真さん:じつはおじさん役は、主人公のお父さんや上司、権力を持つ王様など、ほぼ必ず存在しています。芝居を支える縁の下の力持ちとして、とても重要な存在といえるでしょう。だから、いままでは20年、30年の長いキャリアを持つ大ベテランの方が担当することがほとんどでした。
多くの団員は若手のとき、「将来はトップスターになりたい」「かっこいい役を演じたい」と考えがちです。だから、もしおじさん役を割り振られても、「もしこの役が向いていると思われたら、今後2枚目役はもらえなくなるかもしれない」とためらうことが少なくありません。
そのなかで、若いうちから「おじさん役を全部やります!振りきったおもしろい役も、変なおじさん役も私にやらせてください」とアピールしたら注目されるだろうと思いました。
── 周囲の反応はいかがでしたか?
天真さん:当時の私はまだ10代でベテランの先輩に「老けるにはどうしたらいいですか?」と質問すると「その歳で老けたいの?」とおもしろがってくれて。いろいろ教えてもらえました。
若かったから、おじさんらしい貫禄はなかったのですが、すごく機敏に動けるんです。「階段からハデに転げ落ちるおじさん」とか、「はげしく踊りまくるおじさん」みたいな、年齢を重ねた方には難しい、身体を張った役も任せてもらえるようになりました。
若くして始めた「おじさん役」が個性になった
── おじさんになりきるための役づくりの工夫はありますか?
天真さん:衣装の力は大きかったです。小道具の時計ひとつにしても、飲み屋のおじさんだったら下町で買うかなとか、執事だったら懐中時計を使うだろうと考えて自分で購入するときも多かったです。こうした準備をするなかで、役柄に奥行きが出たと思います。ファンのなかには「今回はどんな小道具を使うんだろう」と楽しみにされている方もいました。
また、メイクでも変化が出せました。私は丸顔なのがコンプレックスなのですが、もみあげをつけると少し面長になるとか、ひげをつけて男性らしくなるおもしろさもありました。演出家の方にも、「天真はおじさんが向いてるね、前回はコミカルだったから、次は落ち着いた腹黒い役はどうだろう?」と、いろんな役をだんだん割り振ってもらえるようになりました。
最初は誰にも知られていなかったのが、少しずつファンも増え「天真さんを見ていると元気になります」と言ってもらえるようになりました。在団した13年間で、ありとあらゆるおじさん役を演じたと思います。達成感があったので、30歳のときに退団することにしました。
── おじさん役に全力を尽くされたのが伝わってきます。
天真さん:私が退団する公演の千秋楽が終わったとき、当時の花組のトップスターだった明日海りおさんが「たそ(天真さんの愛称)は宝塚歌劇団の新しいポジションを切り拓いたね」と言ってくださって、すごくうれしかったです。一方で、その公演を担当されていた演出家の方に「たそみたいな個性的な人ばかりになったら困るけどね」とも言われました(笑)。
最初は、どうしたら組織のなかで自分をアピールできるかに必死でした。競争が激しい宝塚歌劇団のなかでも、俯瞰してみると「おじさん役」は意外と注目されていない、未開の地だったんです。私独自のポジションを見つけられたのは幸運だったし、楽しかったです。
PROFILE 天真みちるさん
2006 年宝塚歌劇団に入団、花組配属。老老(若は皆無)男女幅広く男役を演じる。2018 年 10 月に同劇団を退団。 2021年8月に「たその会社」設立。代表取締役を務め、「歌って踊れる社長」に。
取材・文/齋田多恵 写真提供/天真みちる