「残酷な天使のテーゼ」などで知られる作詞家・及川眠子さんは、いかに唯一無二のキャリアを手に入れたのか。「若い頃は生きづらさもあった」という及川さんに聞きました。(全4回中の4回)

「挑戦して失敗する」が結局はいちばんの近道

── コロナ禍で、自分のキャリアや働き方について、あらためて見直した人も多いです。今のままでいいのかと葛藤を抱えていたり、違うことに挑戦してみたいけれど、向いているものがよくわからないという声も聞きます。

 

及川さん:仕事によって求められる資質もあるので、しっくりこないなら、もしかすると向いていないのかもしれません。

 

私は、誰でもなにかしらの才能があると思っています。大切なのは、それをいかに見つけることができるか。そのためには、自分が興味を持てることにどんどんトライしてみることだと思います。挑戦する分、たくさん失敗するかもしれないし、無駄だと感じるかもしれない。でも、それを繰り返すのが、結局はいちばんの近道だと思うんです。

 

私たちの世界でも、音楽では芽が出なかったけれど、書くことにトライしてみたら、そこに才能を見出し、作家としてうまくいっている人もいます。小さな挑戦から始めてみるのもいいかもしれませんね。

 

ノンフィクション作品への造詣も深い。及川さんが敬愛する作家の面々と

── とにかく一歩踏み出してみることが大事ですね。

 

及川さん:一見、遠回りに思える経験が、のちのち繋がっていくこともあります。

 

たとえば、『罪の声』や『騙し絵の牙』などで知られる小説家の塩田武士さんは、元神戸新聞の記者。みずからの取材経験を活かし、将棋の小説で世に出て、以来、売れっ子小説家として活躍されていますが、高校時代は、お笑い芸人を目指して漫才コンビを組んでいたのだとか。だから、トークもうまいんです。お笑いを目指した要素は、彼のなかにしっかりと残っているんですね。

 

── いろんな経験が糧になっているのですね。


及川さん:私も、作詞家としてデビューする前には、さまざまな仕事をしました。リクルートで1年間、広告営業の仕事も経験しています。朝から晩まで働きづめの超ハードな環境で、すごく大変だったけれど、あの厳しい日々を過ごしたことで、仕事に対する徹底的なプロ意識や、タフなマインドが培われ、それは今でも私のなかにしっかりと根づいています。

 

転職は12回!キャリアを模索していた20歳の及川さん

今、キャリアの方向性に悩んでいる人は、興味のあることを探して、どんどん挑戦してほしいですね。

 

どんな経験も、決してゼロにはならないし、いつかどこかで必ずなにかの役に立つ。長い目で見れば、無駄な経験なんて、ひとつもないと思うんです。

自分を偽ることが心を疲れさせる

── 働く女性たちのなかには、仕事や育児、介護など、いろんなものを背負いこんで心が疲れていたり、逃げ場をなくして閉塞感や生きづらさを抱えている人も少なくありません。もっとラクに生きるには、どんなふうに考えればいいでしょう。

 

及川さん:生きづらさの原因は、「人に嫌われたくない」という気持ちからきていると思うんです。

 

もちろん、いい人と思われたい、みんなに好かれたいという思いは、誰しも持っているもの。私だって、「いい人ね」と言われたら、嫌な気持ちはしません。でも、いい人だからといって、人から好かれるとは限らない。いい人だけど、印象に残らない、興味を持たれないというケースもよくあります。

 

そもそも100人いて100人全員から好かれるなんて、無理な話。それなのに、頑張って全方向に好かれようとするから、自分を偽ることになって、心が疲れてしまうんです。

 

──「自分を偽ることが心を疲れさせる」という言葉に、すごく共感します。とはいえ、働いていれば職場、子どもがいれば保護者同士、どうしても人との関わりは円滑にしたいので、無理をしてしまいますね。

 

及川さん:気持ちは分かります。でも、その関係は、期間限定のもの。今はしんどいかもしれないけれど、ずっと続くものではないし、時期がきたら離れていく。そう思えば、ある程度、割りきることができるんじゃないかしら。会社の嫌な上司だって、そのうち異動になるかもしれないし、逆に自分が異動するかもしれない。一生のおつき合いというわけではないのだから、そこに縛られて自分の心をすり減らすのは、もったいないと思うんです。

 

── 及川さんは、媚びない強さを持ち、自分らしく生きていらっしゃる印象があります。

 

及川さん:それは、私があまり執着心を持たないからかもしれません。モノにもこだわりはないし、人にも執着しない。さらにいえば、自分自身や人生に対しても、そうした気持ちがほとんどないんですね。だから、いつ死んでも別に構わないと思っているし、生きるのもラク。要は、いい加減なんでしょうね(笑)。

 

── 「ほどよいいい加減さ」を持つことは、大切ですよね。ふと気づくと眉間にシワがよっていたり、呼吸が浅くなっていたりと、私たちは目の前のことに必死になるあまり、余計な“力み”が入りがちです。及川さんは、いつ頃から程よく力が抜けていったのでしょうか?

 

及川さん:人生経験をかさねるなかで、徐々にそうなっていった感じですね。昔は、いろんなことに過敏で傷つきやすく、生きづらさを感じていた時期もありました。でも、「人に嫌われたって別にいいじゃないか、とにかく自分を生きていくだけだ」と腹をくくったら、どんどんラクになって、心も軽くなりました。

 

自分の値打ちは自分で決める。そう思っているだけでも、きっと息がしやすくなると思います。

 

 

PROFILE 及川眠子さん

おいかわねこ。作詞家。1960年生まれ。和歌山県出身。代表曲に「新世紀エヴァンゲリオン」主題歌「残酷な天使のテーゼ」、Wink「淋しい熱帯魚」、やしきたかじん「東京」など。著書に『破婚〜18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間』(新潮社)、『誰かが私をきらいでも』(KKベストセラーズ)ほか。

 

取材・文/西尾英子 画像提供/及川眠子