13年におよぶ結婚生活の末、18歳年下のトルコ人男性と離婚した及川眠子さん。約3億円という大金を使っても及川さんが「失ったものは何もない」と語る理由とは。(全4回中の3回)

刺激的でおもしろい時間にお金を使っただけ

── 54歳のときに、13年におよぶ結婚生活に終止符を打たれました。18歳年下の夫のために約3億円を使い、さらに7000万円の借金を背負うという、波乱に満ちた結婚生活は話題になりました。

 

及川さん:よく「元夫に3億円を貢いだ」エピソードとしておもしろおかしく取り上げられるのですが、実際は、元夫の事業に出資していただけで、単に、私の会社から彼の会社への貸し借りなんです。だから、貢いだとか、騙されたというのは、ちょっと違うんですよね。

 

それに、私からすれば、「刺激的でおもしろい時間をお金で買っただけ」のこと。別に、何も失っていません。

 

及川眠子さん
元夫と出会ったトルコを頻繁に訪ねていた頃

──「何も失っていない」と言えるのがすごすぎます。7000万円の借金を背負うとなると、どうしてもネガティブなことばかりが頭をよぎりそうで…。

 

及川さん:金銭面では厳しい時期もありましたけど、その分、仕事をして稼いでいたし、今はほぼ返済しています。

 

借金苦や金銭的な問題で命を断つ人は、実は借金額が200万円ぐらいのケースが多いらしいと聞きました。対して、私は7000万円。そのレベルの借金を背負っていると、食事を1食抜いたり、電車に乗らずに歩いたところで、どうこうなるわけじゃないから、無理して生活を切り詰めることはしませんでしたね。欲しいものがあれば買うし、フルコースの料理が食べたければ食べる。ただ、粛々と借金を返していくだけです。

 

── 気持ちが追い詰められてしまうことはなかったですか?

 

及川さん:最終手段として、「どうしようもなくなったときには、死んじゃおう」と思っていました。

 

死ぬことって、要は「逃げ」なんですよ。でも、逃げる場所を持っていることで、人は、わりと安心したりする。一生懸命に生きようとしすぎるから、ツラくなって追い詰められてしまうんです。自分にとっての逃げ場として、死という選択肢を持っていたということです。

ネガティブな気持ちを支えてくれたもの

── みずからの離婚について記した『破婚』で、「13年間をひと言でいうなら、ものすごくおもしろかった」とおっしゃっていたことが、すごく印象的でした。

 

及川さん:波風のない日々に波乱を巻き起こす相手でした。気持ちをさんざん掻き乱されたり、お金のことでずっと苦痛を与えられたり。でもそれで「私のなかにはこんな感情があるのか」と知ることができました。彼と過ごさなければ到底味わえなかった感情ですし、彼にはさまざまなことを体験させてもらいました。何をしでかすかわからないような人間と一緒にいると、退屈しないし、おもしろいですよ。

 

及川眠子さん
旅行会社を起こし、元夫の事業に出資していた頃

── 確かに、刺激的な日々ではありますが、なかなかそこまで達観するのは難しいです。

 

及川さん:価値観の問題だと思うんですよ。穏やかな人と平穏に暮らすのが幸せという人のほうが多いかもしれないけれど、私の場合、おもしろくなかったら嫌だなと思うタイプ。そもそも相手に食べさせてもらいたいとか養ってもらいたいという気持ちもないし、はみ出しものに惹かれるんですね。

 

すごく穏やかで優しく、経済的にも満たされた人と一緒にいることで安心するなら、それを選択すればいいと思う。価値観は、それぞれ違いますしね。

 

──「私がその生き方を選んでいる」という感覚があるから、被害者意識にとらわれたり、ネガティブな気持ちを引きずらずに済むのでしょうか。

 

及川さん:もちろんネガティブでどうしようもない感情を抱いたこともありました。

 

結婚生活の最後のほうは、お金のトラブルが相次ぎ、「こんなこといつまで続くんだろう…」と途方にくれたことも。精神的にも、かなりしんどかったですね。周りからも、「あのときは、死にそうな顔をしていたよね」と言われました。

 

── そうなのですね。ツラい時期に支えになったものはありますか?

 

及川さん:当時、うちにはスタッフがいたのですが、彼らに話すことで、部分的に笑いに変えられたのは大きかったと思います。自分の愚かさや相手のいい加減さを笑いに変えることで気持ちが多少は救われますから。やっぱり笑うことって、心の余裕につながりますからね。そうじゃないとどんどん煮詰まってしまう。

自分の愚かさは認めてしまったほうがラク

── 今は、仕事もオンライン化が進んで、人と話すこと自体が減っている人も多いので、ツラい気持ちをひとりで抱えている人も多いかもしれません。

 

及川さん:そうですね。ただ、ひとりで抱えこめる量なんてたかが知れているので、無理は禁物。自分がしんどいときぐらい、人に迷惑かけたっていいと思うんです。もし話した相手に受け止めてもらえないなら、違う人を頼ればいい。そういう場所をいくつか持っておくといいかもしれませんね。

 

そもそも、なぜ離婚やパートナーとの別れがしんどいのか。それは、自分自身をかばうために、相手を美化しようとするからなんです。

 

── どういうことでしょう?

 

及川さん:ひどい仕打ちを受けても、相手がバカとかクズ男ということを認めたら、自分のバカさも受け止めることになる。だから、他人から「そんなやつ、クズじゃん」と言われても、「そんなにひどい人じゃない。こんないいところもあって〜」とかばってみたり。結局、それは、自分自身を否定したくないからなんです。

 

それならいっそ、「私はクズ男コレクターです!」と自分のバカさを認めて開き直ってしまったほうがラク。人間って皆、どこか愚かなものだし、間抜けな存在。自分のバカさを認められないことは不幸だと思うんです。

 

私は、中村うさぎさんの書いた『ショッピングの女王』が大好きなんですね。「ここに私よりバカな人がいるぞ」と救われていたのですが、うさぎさんと初めて対談したときに、「いや〜、私は眠子さんほどひどくないけどさ〜」と言われて(笑)。“鼻くそに貶された目くそ”の気分って、きっとこういうことなんだろうなあと思いましたね(笑)。

 

── 著書『誰かが私をきらいでも』のなかで対談されていましたね。ぶっ飛んだおふたりの会話に脳が揺さぶられました(笑)。ですが、たしかに別れたときというのは「綺麗な思い出だった」と思い込もうとしがちですよね。

 

及川さん:素敵な思い出になるのは、かなりの年月を経て、綺麗に綺麗に洗われた後。思い出が上書き修正され、どんどん磨かれていくからなんです。

 

別れた直後なんて、本来、泥まみれで感情がぐちゃぐちゃなもの。それを無理やり「綺麗」と自分に言い聞かせなくていいんです。自分のバカさを認めたほうが、前に進みやすいものですよ。

 

 

PROFILE 及川眠子さん

おいかわねこ。作詞家。1960年生まれ。和歌山県出身。代表曲に「新世紀エヴァンゲリオン」主題歌「残酷な天使のテーゼ」、Wink「淋しい熱帯魚」、やしきたかじん「東京」など。著書に『破婚〜18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間』(新潮社)、『誰かが私をきらいでも』(KKベストセラーズ)ほか。

 

取材・文/西尾英子 画像提供/及川眠子