「残酷な天使のテーゼ」など数々のヒット作を手掛けてきた作詞家の及川眠子さん。「仕事に自分らしさは不要」と話します。長く活躍を続ける及川さんの仕事の流儀とは。(全4回中の2回)

時代についていけなくなったらやめます

── 1985年にデビューして以来、40年近くに渡り、活躍しつづけていらっしゃいます。近年は、作詞家の活動だけでなく、執筆や講演、ドラァグクイーン3人組の「八方不美人」プロデュースなど、ますます精力的に活動されていますね。

 

及川さん:そうですね。ただ、「生涯現役」なんてものは、いっさい考えていません。むしろ、「どのタイミングでやめようか」と、いつも思っていますね。

 

── え、のっけからそんな…(笑)。

 

及川さん:もちろん、生涯現役で活躍する方はすごいと思うけれど、私のような仕事だと、難しい面があるんです。いったい何を恐れているのかというと、それは、「古い」と言われることですね。作詞家は、時流をどう捉えるかが重要なので、その感覚がさびついてしまうと厳しくなってしまう。

 

── たしかに、歌詞は時代の象徴でもありますよね。


及川さん:それに今、テンポの速い曲が多いじゃないですか。なので、速いメロディを追えなくなったら潔くやめようと決めています。昔は作曲家が「ラララ」で、デモテープを送ってきたけれど、今はみんなキーボードでメロディを打ってくるから、「この作曲家は歌わない人なんだな」というのが分かるんです。たとえば、「これってどこでブレスするんだ?」「ここで急にオクターブ飛んだら歌えないでしょ」とかね。そりゃ、ボーカロイドだったら歌えるかもしれないけれど。

 

及川眠子さん
及川さんの還暦パーティー。中崎英也氏(及川さん右)とプロデュースしている「八方不美人」のメンバー

── 今はパソコンで作曲できますもんね。

 

及川さん:作曲家や歌い手が「ラララ」で歌っている曲は、いくらテンポが速くても細かいニュアンスが伝わるし、歌い手の癖もつかめるから、「ここにこういう言葉が欲しいんだな」というのが見えてくるものなんです。

 

── なるほど…。ちなみに、後進の育成にシフトするという気は…?

 

及川さん:あまりないですね。何度かお願いされてやったこともあるけれど、結局、詞を書けるようになるには、マンツーマンでないと難しいんです。技術や知識はいくらでも教えられるけれど、感性やひらめき、センスといった天性のものは教えられないですから。

「求められるものを表現する」のがプロ

──「世に出た楽曲に思い入れはいっさいない」とよくおっしゃっていますが、それはなぜでしょうか。

 

及川さん:私の手を離れた時点で歌い手のものだし、歌が世に出れば、世の中のものになる。だから思い入れはいっさいないし、持ってはいけないものだと思っています。

 

思い入れがあるとすれば、うまく書けたのに世に出なかった作品ですね。世に出なければ、「私のもの」なので。

 

──「思い入れを持ってはいけない」というのは?

 

及川さん:もともと私はアーティストではなく、求められたものにプロとして応える“職業作詞家”を目指してやってきました。どんな状況でも決められた期日内にコンスタントに80点以上のものを出し続けるのが私の仕事です。

 

だから、ひとつひとつに思い入れを持って、そこに留まっていると前に進めなくなるし、新しい発想も生まれません。

 

すべての仕事を100%の力でやると息ぎれしてしまうから、常に7割ぐらいの力で取り組んで、自分のなかに「余白」を残しておきます。

 

及川眠子さん
“プロ”としてヒットを連発、作詞家としての地位を築いていった

── “自分の色を出そう”といった、表現欲みたいなものはないのでしょうか。

 

及川さん:「私らしさを表現したい」という人もいるかもしれないけれど、私の場合は「こうじゃないと嫌」というものはいっさいないですね。求められるものを表現するのがプロであり、職人。私を見てほしいわけではないですから。

 

ただやっぱり、人それぞれに癖というものはあって、それが他人から見たら「及川さんらしい」になる。だから「私らしさ」は自分が決めるものではないと思っています。

 

そういう意味では、いちばん困るのが、「等身大の詞を書いてほしい」という依頼ですね。歌い手が決まっていれば、「どんな風にすればその子が魅力的になるか」「どうすれば今までのイメージを裏切ることができるか」と考えますし、その結果、歌い手にとって、「今の自分の心境に合っている」となれば、「等身大の私」になるわけです。

 

── 職業作詞家であり、職人だからこそ、「リアルな自分」を反映するのが難しい、と。

 

及川さん:もちろん作詞をするときには、自分の体験を「加工」したり、妄想を膨らませたりしますが、自分自身をそのまま投影するということはないです。そもそも等身大の自分に魅力があるなんて、これっぽっちも思わないですしね(笑)。

 

及川眠子さん
ピンクのボレロ風コートがおしゃれ!幼少期の及川さん

── 今は、「自分らしさ」や「個性」を重視する傾向があり、それを仕事にも持ち込んで苦しむ人も少なくありません。

 

及川さん:昔、リクルートの販売会社で働いていたときに、よく言われたのが、「権利を主張するのは義務を果たしてから」ということ。それがずっと頭に残っています。今は、義務より権利なのかもしれませんが、まずは職務を全うすることが先だと思いますね。

 

自分の承認欲求を仕事で満たさない。それが、働くことであり、プロだと思うんです。

 

PROFILE 及川眠子さん

おいかわねこ。作詞家。1960年生まれ。和歌山県出身。代表曲に『新世紀エヴァンゲリオン』主題歌「残酷な天使のテーゼ」、Wink「淋しい熱帯魚」、やしきたかじん「東京」など。著書に『破婚〜18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間』(新潮社)、『誰かが私をきらいでも』(KKベストセラーズ)ほか。

 

取材・文/西尾英子 画像提供/及川眠子