Winkのブレイクで、「アイドルの作詞家」とされることに戸惑いもあったという及川眠子さん。葛藤を経て、現在も活躍を続ける及川さんに「ヒットの秘訣」を聞きました。(全4回中の1回)

「24時間戦えますか」時代にヒットを連発

──『新世紀エヴァンゲリオン』の主題歌「残酷な天使のテーゼ」や、「魂のルフラン」、Winkの「淋しい熱帯魚」など、時代を彩る楽曲の作詞を多数手がけてこられました。特にバブル期の80年代後半から90年代にかけては、かなりハイペースでお仕事をされていらしたとか。当時は、目の回るような忙しさだったのでは?

 

及川さん:そうでもないですよ。2〜3時間でガッと集中して仕事を済ませ、朝まで飲み歩いていましたね。睡眠時間もけっこうありましたよ。

 

── ものすごいバイタリティですね…。

 

及川さん:いやいや、会社員時代に比べたら、自由業はなんてラクなんだ!と思っていました。

 

実は、作詞家になる前に、1年ほどリクルートの販売会社で働いていたのですが、その生活がものすごくハードだったんです。私が勤務していたオフィスは、皆さん朝は8時ぐらいに出社し、始業時間まで勉強したり、新聞を読んだり。その後、深夜近くまでバリバリ仕事をした後、飲みに行くという生活でしたから。まさに、当時流れていた「24時間戦えますか」というCMソングそのもの。そんな企業戦士たちがたくさんいた時代でしたね。

 

及川眠子さん
転職は12回!キャリアの模索中だった20歳当時の及川さん

「アイドルの作詞家」イメージへの葛藤

── 当時を象徴するCMでしたよね。その後作詞家の仕事が軌道に乗り、Winkの「淋しい熱帯魚」が大ヒット。「アイドルの作詞家」というイメージがつき、一時期、同じような依頼ばかりが続いて葛藤されたこともあったとか。

 

及川さん:もともとロックやフォークソングが好きでこの世界に入ったので、当初は、そうしたジャンルで売れたい思いもありました。

 

でも、ある人から「旬のアイドルや売れている歌手に詞を提供してスマッシュヒットを繰り返すのが、世間が求めている“及川眠子”だよ。やりたいことを貫いて“地味だけどいい作詞家”になりたいのか、それとも“売れている作詞家”になりたいのか、どっち?」と言われて。要は、好きなことと得意なことは違うということ。

 

私は、地味な作詞家よりも、売れている人になりたかった。そのうちに悩まなくなりましたね。

 

及川眠子さん
2016年、Winkのプロデューサー水橋春夫氏と

── その葛藤を乗り越えたことが、現在まで活躍を続ける秘訣でしょうか。アニソンから舞台、演歌まで幅広いジャンルを手がけていらっしゃいます。ジャンルを問わずに書ける作詞家さんは珍しいのでは?

 

及川さん:今は、割と分業制ですからね。私の場合、同じようなものが続くと飽きちゃって違うことをしたくなるんです。そうやってバランスを取っているのでしょうね。

 

ひとつのジャンルでイメージを固められるのがすごく嫌なので、「アニソン作詞家」といわれることにも抵抗があります。だから、今の私の目標は、“エヴァ作詞家”の肩書きを外すことなんです。

庵野監督だから通った「変なタイトル」

── と言いつつ…、『エヴァンゲリオン』についても聞かせてください。「残酷な天使のテーゼ」や「魂のルフラン」は、哲学的な世界観の詞ですが、もともと哲学には、造詣が深かったのですか?

 

及川さん:いいえ、まったく(笑)。「難解な歌詞にしてくれ」というオファーを受け、哲学的な要素を盛り込みました。

 

実は作品もいまだにきちんと見ていません。最初に作詞の依頼が来たときに、資料として部分的に少し見た程度で。『エヴァンゲリオン』はファンの方の思い入れが強い作品なので、「あの歌詞にはきっと深い意味が隠れているんだろう」と考察されることが多いのですが、どう捉えるかはそれぞれの自由なので、好きなように解釈して楽しんでもらえれば嬉しいです。

 

今思うと、よくあんな変なタイトルを大月プロデューサーや庵野監督がOKしたものだなと。まぁ彼らもやっぱり普通じゃない。だから通ったんでしょうね(笑)。そもそも私の手がけた楽曲でヒットしたものは、どこか「変」なんです。もちろんそれは狙ってやっています。

 

── Winkの大ヒット曲「淋しい熱帯魚」も、あの“いびつさ”に惹きつけられます。違和感が癖になる感じですね。どういったコンセプトだったのですか?

 

及川さん:ヒットを出すには、誰もいない隙間を狙うのがいちばん。当時はバブル期の終わりかけで、アン・ルイスや渡辺美里といった「強い女性像」が台頭していたんです。だから、その真逆の路線を狙いました。要は、バブルに取り残された「あんまり芯がない子」のイメージですね。

 

── 確かに、個性的でエネルギッシュな強い女性像とは真逆の「無機質な感じ」でした。

 

及川さん:一生懸命に生きている生々しさではなく、完全な虚像。リアルじゃない感じを狙いました。

 

── まさしくヒットメーカーです。

 

及川さん:もともとは、ヒット曲を出せるタイプの作詞家ではなかったんです。関西ロックやフォークが好きだったりと、趣味がちょっとマニアック。おそらく我々の世代で、ユーミンに影響を受けていない唯一の女性作詞家だと思います。

 

惹かれるのはいつも「変なもの」。目の前のアーティストを「どうやって変にしようか」と思いを巡らせます。私が作詞を手がけた作品に、やしきたかじんの「東京」という曲がありますが、彼にあえて「東京」というタイトルで歌わせたのもそう。

 

── 言われてみれば、大阪の象徴のような人が「東京」を歌うという(笑)。

 

及川さん:変でしょ(笑)。今、私がプロデュースしているドラァグクイーンユニット「八方不美人」もやっぱり変。王道からは外れているんです。

 

2018年デビューの「八方不美人」は中崎英也氏との共同プロデュース

字面や画数、濁音…歌詞を書くときのこだわり

── 歌詞を書くときは、どんなことにこだわっていますか?

 

及川さん:タイトルの字面や画数、濁音には、すごくこだわりますね。「淋しい熱帯魚」は、“さびしい”じゃなく、“さみしい”。濁音だと音が重くなってヒラヒラとしたイメージがなくなってしまう。寂しいではなく、さんずいの“淋しい”を使ったのも、魚がいる水のイメージとかけています。

 

特にWinkは画数の多い文字を選んで使ってました。当時の人気歌番組「ザ・ベストテン」などで、曲名が表示されたときにインパクトがあるので。「残酷な天使のテーゼ」も、タイトルを見たときに「何これ?」と思わせる。人の頭に残ることが大事です。

 

── ちなみに、作詞はパソコンでされるのですか?

 

及川さん:手書きです。デモ曲を聞きながら、思いついたことをザーッと書いていく。脳と耳と手が直結しているからか、私は手書きのほうがやりやすいんです。考えていることと同じスピードで書けますし。この間、シンガーソングライターの大森靖子ちゃんとトークしたときに、彼女はスマホですべての詞を書いていて、ビックリしました。

 

PROFILE 及川眠子さん

おいかわねこ。作詞家。1960年生まれ。和歌山県出身。代表曲に『新世紀エヴァンゲリオン』主題歌「残酷な天使のテーゼ」、Wink「淋しい熱帯魚」、やしきたかじん「東京」など。著書に『破婚〜18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間』(新潮社)、『誰かが私をきらいでも』(KKベストセラーズ)ほか。

 

取材・文/西尾英子 画像提供/及川眠子