人気料理番組「男子ごはん」出演など、料理家として着実にキャリアを重ねてきた栗原心平さん。実業家との二刀流に、迷いながらも走り続ける日々を聞きました。(全4回中の4回)

「やり続ける」ことで本質にたどり着けるはず

── 料理家、実業家として働きながら、迷いが生じた時期はあるのでしょうか?

 

栗原さん:あります。料理家としての自分のスタイルが決まるまでの間はいちばん迷っていた時期でした。24歳から料理の仕事をさせていただいたけれど、自分のスタイルは31歳くらいまで決まってなくて。

 

ただ、「男子ごはん」がひとつの転機になりました。ちょうどこの時期に料理の仕事が増えてきまして。増えたがゆえに、料理家としての自分、経営者としての自分という働き方のバランスが決まったのだと思います。そして「日々の料理」が僕の本質であり、僕のいるべき場所であると到達するまでには長い時間がかかりました。

 

経営者としては、今でも迷っています。迷いまくりの毎日です。

 

料理家だけでなく経営者としての顔も持つ栗原さん

── 料理だけでなく旅行などでも段取りを重視する「段取り魔」だと話されていました。経営もご自身が定めたルートを着実にたどっているというイメージですが…。

 

栗原さん:会社は組織ですから、たくさんの人の意見や動きが絡んでくるものです。迷って停滞することもすごく多いです。

 

── 迷いや悩みからの脱却方法は?

 

栗原さん:やり続けるしかない、これが僕のスタンスです。正直、脱却はしていないと思います。やり続けることでちょっとずつしがらみが落ちているだけ。落ちたらまた新しいしがらみがついてくるので、エンドレスです(笑)。

料理家としては「長期休み」が欲しいです

── 料理家として、経営者として目指していることはありますか?

 

栗原さん:料理家としては、再現性が高くなるようなプロセスをしっかり緻密に考えたレシピを作ることです。プロセスや表記をじっくり探究したいという気持ちがあります。そのためには時間が必要です。実はこの20年ほど4日以上の連休を取ったことがないので、ゆっくり一人で離島にでも行ったら、何か思いつくものがあるのかなと考えることもあります。

 

栗原心平さん
ここ20年は、4日以上の連休なしで走り続けている

── そんなに長い間お休みを取っていなかったのであれば、考え方が変わるってこともありそうです。

 

栗原さん:あり得ます。でも、今、ちょっと本気でやってみたいことのひとつです。どう転ぶかは分からないけれど、おもしろい方向に行ったらうれしいですよね。「もうやめた!」なんてこともあるかもしれないですし(笑)。

 

経営者としては社会的地位をしっかり確立させることに尽きると思っています。信頼されないと購入には至らない、というのが僕の持論。信頼を得るにはアフターケアが大事という大前提で有用な情報を提供していきたいです。

 

栗原心平さん
社会的信頼を得ることが経営者としての使命

親として大切にしている「ありがとう」の言葉

── 栗原さんにとって「料理」とは?

 

栗原さん:言葉で言うと情緒的じゃなくなるから、あまり好きではないけれど…。でもあえて言うなら「人間が持つ最大のコミュニケーションツール」です。気持ちがいちばん吐露できる状態になる、というのかな。人間は本質的にそれを分かっているから、2000年くらい前から存在する会食が減らないんじゃないかと思うんです。人がいちばんなごむもの、気を許せるものを提供できる仕事につけている今をすごく幸せに感じています。母ともよく話すんです、本当に幸せだよねって。

 

──「ごちそうさま」は栗原家の大事な言葉とのこと。心平家の大切な言葉とは?

 

栗原さん:「ありがとう」です。わが家では本当に些細なことでも「ありがとう」を言います。子どもには「ありがとう」を大事にするようにかなり厳しく言っています。言い忘れていたら必ず注意します。たとえば「ティッシュ!」みたいな言い方はしないし、させません。「ティッシュを取ってください」。取ってもらったら「ありがとう」って必ず言わせています。幼稚園も同じような教えだったこともあり、しっかり身についたなと感じています。

 

── 教育方針でのこだわりは?

 

栗原さん:つねづね言っているのは、嘘はつかないこと、相手を思いやること。あとは先ほどもお話しした「ありがとう」を伝えることです。これだけできればいいとさえ思っています。子どもだから自尊心も強いし「俺ってすごいんだぜ」という言動を見せることもあります。僕はそれを徹底的に打ち砕いています。相手の人が嫌な気分になるよって。本来のポテンシャルが高くないのに、瞬発的なことですごくても誰も認めないよって。それは僕が父から言われた言葉でもあります。

 

── 受け継いでいらっしゃいますね。

 

栗原さん:自分が子どもに諭しているときに気づきます。「これ、自分が言われたことだな」って(笑)。僕の思いは通じているようで、うちの子はわりと人のことを思いやれるタイプに育っています。年下の面倒見もすごくよくて。

 

── 相手の気持ちを考えるという親の姿も見て自然に学んでいるのかもしれないですね。

 

栗原さん:そうだとうれしいのですが。親の姿を見ているということは、夫婦喧嘩も見ているはず。いいところだけを吸収しているわけでもなさそうですけれど(笑)。

子どもを叱るときに気をつけていること

── 夫婦喧嘩の原因はどんなことが多いですか?

 

栗原さん:子育てではあまり喧嘩はしないです。どちらかに偏ってもよくないので、お互いが主張しすぎずにいます。妻は専業主婦なので子どもと過ごす時間は僕より圧倒的に長い。受験勉強も手伝っているのですが、子どもは急にやりたくないと寝転んだり、ゲームをやったりして、なかなか言うことをきかない。そうすると妻がプチってキレてしまうこともあります(笑)。強く言いすぎかなと感じたときだけ「ちょっと言い方を変えてみたら」とアドバイスをすることもありますが、「だったら、自分で言ってよ!」って返されたりもして。でもそれが原因で夫婦喧嘩になることはありません。

 

── アドバイスの仕方も、クッキングスクールでの子どもたちとのやりとりをから学んだことが役立っていますか?

 

栗原さん:子どもはそれぞれなので…。スクールの子どもではなく、自分が子どもの頃の心理を考えたりします。両親ふたりから責められたくないですよね。どちらか片方は味方でいてほしいと思っていたはずなので、母親が怒れば僕はフォローする、僕が怒ったときは母親がフォローするというような立ち位置に自然となっています。料理と同じく、繰り返して繰り返していい方法を見出したのかな、なんて思っています。

 

PROFILE 栗原心平さん

料理家、(株)ゆとりの空間 代表取締役社長。1978年生まれ、静岡県出身。2012年8月より「男子ごはん」にレギュラー出演中。登録者数20万人以上の公式YouTubeチャンネル「ごちそうさまチャンネル」や小中学生対象のアーカイブ動画視聴型のオンライン料理教室「ごちそうさまクッキングスクール」を主宰。一児の父。

 

取材・文/タナカシノブ