「男女関係なく台所に入る時代、料理をしたい子どもは増えている」と人気料理家の栗原心平さんは話します。栗原さんが料理家になる覚悟を決めた経緯とともに聞きました。(全4回中の2回)

料理をしたい子どもは増えている

── キッズクッキングスクールを運営されています。料理を教える場でありながら、栗原さん自身が子どもから学んだこともたくさんあったそうですね。

 

栗原さん:うちの子どもを見ていて、また、商業施設での子ども向けの料理教室の経験からも「子どもはやればできる」ということは分かっていました。だから、キッズ向け料理本もオンラインクッキングスクールでも「難易度は子どもに忖度しない!」と決めていました。

 

── 一見すると厳しいように感じますが…。

 

栗原さん:全然厳しくないと思います。危ないから心配という気持ちから触らせない、やらせない親が多いのは、実際に親御さんの様子を見ていても分かります。危ないことはやらせないという風潮がありますが、子どもは手を切らないと包丁が危ないと分からないし、火が熱くて危ないことも火を使ったり、近づいたりして経験しなければ分かりません。

 

僕も親なので心配する気持ちはもちろん分かります。でも、僕はちゃんと理解して学べばいい、失敗から学べばいいと思っています。料理をやりたいという子どもはたくさんいるのに、危ないから、時間がないからという親の理由で触れさせないケースが多いことも実感しています。

 

オンライン料理教室できゅうりの切り方を解説(栗原心平「ごちそうさまチャンネル」より)

── 子どもの頃「危ないからキッチンには入らないように」と言われていた記憶があります。

 

栗原さん:僕の世代は特にそうでしたが、女性が料理をすることが多くてキッチンはお母さんの聖域のようなイメージがありました。でも、男性、特にお父さんが料理をする家庭のキッチンは開けている印象です。

 

今は男女関係なくキッチンに入ることが多いので、子どもが料理をする抵抗感がなくなっている。それが料理をしたいという声につながっているのだと思います。聖域化すると他の人が何も触れられなくなります。すると、たとえばお父さんが調味料の位置を動かしただけでお母さんが怒るようなことだって起きる(笑)。キッチンで喧嘩する両親なんて、子どもは見たくないじゃないですか。うちはその点、父も料理をしていたので、キッチンは開かれた空間という印象がありました。

 

時代の違いで言うと、熱源の関係も大きいのは事実。昔はIHなんてなかったから、子どもにとっては確かに危ない場所ではありました。包丁も子ども向けのようなものもそこまで多く出回ってなかったですしね。

 

視聴者と対話しながら料理する栗原さん。時代とともに台所のあり方も変化している(栗原心平「ごちそうさまチャンネル」より)

料理のスキルアップは「見守り」と「促し」を繰り返して

── 料理に興味を持つ子どもにはどのように接するのがいいのでしょうか?スキルを伸ばすためのコツはありますか?

 

栗原さん:最初は「見守る」スタンスがいちばん正しいと思っています。今回の料理本にも載せた「ほうれんそうのおひたし」はお湯を沸かして中に入れるだけだから絶対できるようになります。ただ、お湯をきるのは危ないから見守ってほしいし、必要なら手を貸してもいいと思っています。

 

あとは「促し」です。たとえば最初はゆで時間を教えてあげる。「もういいよ」とか「そろそろ火を止めてお湯をきろうか」って。そうすることで、子どもは自然と注意するようになります。それをひたすら繰り返す。そうやって身につけていくものだと思っています。

「男子ごはん」出演から料理家の道へ

── 栗原さんが子どもの頃、料理を通して学んだことを教えてください。

 

栗原さん:僕の場合はケーススタディ。あの環境なのに母にやり方を聞くことはほとんどなかったです。失敗したときに「どうして?なんで?」とその理由や解決法を聞くくらいだったかな。なので、実は僕と母では作り方がまったく違うものがけっこういっぱいあります。直伝のものはほとんどありません。直伝といえば、父が作る不思議なサンドイッチくらいかな(笑)。

 

── はるみ先生ではなくお父さんのレシピとは!意外です。

 

栗原さん:幼少期は料理のあり方や成り立ちを学ぶ時期。何かを作ったら褒められた、褒められたらうれしかった、という時期を過ぎて青年期になって、技術的なものとその上の質を考えるようになります。

 

僕はひとり暮らしを始めた頃に「出汁」のおいしさを学びました。かつおだしとみりんと酒と塩と薄口醤油。それだけで飲むスープのうまさをどうやって出すんだみたいなところを追求していきました。水分量に対しての塩の黄金比を学び、文字通り「塩梅」というのを知ったのもこの頃です。

 

栗原心平さん
青年期に入り「出汁のおいしさ」など、技術や質を追求するように

── 料理家を目指そうと思ったのは「出汁」に目覚めた頃ですか?

 

栗原さん:本当に覚悟ができたのは、テレビ番組の「男子ごはん」に出てからです。それまでは6対4くらいで会社の業務を担っていて、経営者としてやっていくものだと思っていました。いちばん最初に料理のお仕事をいただいたのが24歳くらい。おこがましくも正直かなり片手間にやっていました(笑)。月に半分以上の出張があり、かなり忙しかったので、そういう状況下で作れるリアリティを伝えればいい、みたいに考えていて。時間がないなかで作った当時のレシピには、雑なものも存在していると思います。

 

── 雑(笑)。正直ですね。

 

栗原さん:僕は「時短」という言葉があまり好きではなくて。おいしくなる理由までも省いて時間を短縮することを優先している気がするんです。でも当時はそれに近いことをやっていたかもしれない。経営を軸にして料理家を副業的にやっていた感覚かな。あの頃は日本でそういう働き方をしている人はあまりいなかったので、「僕は特別なひとりかもしれない」という気持ちが芽生えて。「本気で続けてみよう」と思ったのが料理家としての覚悟を決めた理由かな。

経営者としてのこだわり

── 以前、パティシエの鎧塚俊彦さんにお話を伺ったときも「作ること」は経営にすごく役立つとおっしゃっていました。栗原さんもそのように感じることはありますか?

 

栗原さん:その通りだと思います。建設的な作業において「段取り」はすごく重要。何度も言いますが、料理は逆算の世界。経営も同じで3年後、5年後、10年後と計画を立て、どう成長していくのかを考え、シミュレートする仕事です。とても似ていると思います。

 

── 経営者としての栗原さんのこだわりは?

 

栗原さん:会社の社会的な存在意義とその立ち位置は常に自覚しなければいけないと思っています。うちはまだ2代ですが、2代続くなかで会社として大事にしているのは「家庭内の幸せをどう考えるか」ということ。端的に言うとアフターケアです。たとえば、フライパンをご購入いただいたお客様に対して、いかにアフターフォローできるか。それが我々の果たすべき責任だと考えています。売って終わりではなく、よりよい使い方といった情報をつねに提供しつづけて、ロイヤルユーザーであり続けていただくことが責務だと思っています。

 

PROFILE 栗原心平さん

料理家、(株)ゆとりの空間 代表取締役社長。1978年生まれ、静岡県出身。2012年8月より「男子ごはん」にレギュラー出演中。登録者数20万人以上の公式YouTubeチャンネル「ごちそうさまチャンネル」や小中学生対象のアーカイブ動画視聴型のオンライン料理教室「ごちそうさまクッキングスクール」を主宰。一児の父。新刊『栗原心平のキッズキッチン』(世界文化社)が発売中。

 

取材・文/タナカシノブ