人気料理家の栗原心平さんが手がけた初のキッズ料理本『栗原心平のキッズキッチン』。料理にはさまざまな学びがある、と語る栗原さんの思いが込められた一冊です。(全4回中の1回)
料理で鍛えられる「段取り力」を子どもにも
── 子ども向けの料理本を作った経緯を教えてください。
栗原さん:自社でオンラインのクッキングスクールを経営しています。なぜ始めたのか、その理由をさかのぼると僕の自己体験があります。僕は人に嫌がられるくらいの「段取り魔」で、たとえば旅行では電車の時間はもちろん現地での滞在時間などを考慮して、逆算して宿に着くまでの時間を考えるタイプ。プライベートではけっこう嫌われがちですが(笑)、仕事ではかなり有効です。なぜこういう考え方になったのかをたどっていくと、自分にとっては料理が非常に大きかった。料理は、おいしい状態で食べてもらうために、提供するまでの時間を逆算して作るからです。
── 確かに。逆算は自然にしている気がします。
栗原さん:しかも相手のことを慮って考える。僕が料理で鍛えられた「段取り力」を子どもたちが料理を通して体験できたらと思い、クッキングスクールを始めました。「段取り力」は大人になってもすごく役立つものだし、料理をすることで子どもが褒められる機会をつくれたらという思いもありました。小学校低学年を過ぎると子どもは怒られることのほうが多くなり、あんまり褒められることはないと感じていて。うちの子どもを見ていてもそう、何かと怒られてばかりです(笑)。
レシピのスタートは卵料理から
── 子ども向けの料理本でイメージしていたものよりもきっちりした印象を受けました。
栗原さん:たとえば子ども向けの料理番組はファンシーなものだったり、色もどぎついものを使ったりもします。本もわりとそういうものが多いのですが、僕はそこに迎合したくなかった。それがきっちりした印象になった理由だと思います。子どもが大人と同じ目線でコミュニケーションを取るためには、大人が本気でよろこぶ必要があると考えたのも、きちんとした印象になった理由かもしれません。
栗原さん:まずは子どもが好きなもの、さらに難易度を考慮して選びました。本に載せているレシピは、トライしようと思えば時間がかかっても全部必ずできるものばかりです。
── 料理に興味のない子どもでも作れますか?大人でも本の通りに作るのは難しかったり、失敗をすることもあります。
栗原さん:本の通り、そして丁寧にやれば子どもでも全部できるレシピになっています。
── 全部できると言い切れる根拠はあるのでしょうか?
栗原さん:オンラインクッキングスクールでは本よりもっと難しいプログラムを出しています。今、小学3年生の女の子がすさまじい成長を見せていて。徹底的にクリアして応用編で3品の献立に挑戦しているところです。ほかの子どもたちも「やってみたけれど、うまくいかなかったので、教えてください」と質問をしてきます。その質問の内容は、プロセスとプロセスの間(はざま)みたいなところなのがすごくおもしろいと感じています。
たとえば、強火で焼き目をつける。焼き目のつけ具合は動画で確認できますが、実際に自分がやるものとはまったく同じにはなりません。多少差異があっても「焼き目」と判断して返してしまったけれど、焼きが甘かったということはよくあります。もうちょっと焼いたほうがいいと思うけれど、その「もうちょっと」が分からない、どうすればいいのかという質問を見かけると、子どもにできないことはないと実感します。
「料理ができるといいことあるよ」と伝えたい
── 栗原さん自身も小学生の頃から家族のために料理していたそうですが、どんな料理を作っていたのでしょうか?
栗原さん:ちょっと遅めの朝食・昼食と兼用という感じ、日曜日のブランチのようなものです。最初は簡単なメニューで、トーストにコンビーフとキャベツの炒め物、ソーセージがあればそれを焼き、スクランブルエッグを作る、といったもの。毎週日曜に楽しみにしていたアニメが8時半頃に終わるので、みんなが起きてくる9時頃に焼きたてのトーストと一緒に出せるような準備を事前にしておきました。トースターにパンをスタンバイさせておくとか。
── すでに「段取り力」を感じます(笑)。「段取り力」は料理を通して鍛えられたとおっしゃっていましたが、もともとの栗原さんの性格もあるのでしょうか?
栗原さん:母が料理をする立ち居振る舞いを見ていたのも理由かもしれません。たとえば天ぷら。家族(食べる人)優先で作る人が犠牲になるメニューになりがちですよね。美味しく食べさせるために、自分が犠牲になる。でも相手がよろこんでくれるからうれしいに変換され、犠牲ではなくハッピーってなっちゃう。母の姿を見て、そういう考え方が僕には根づいていたのかもしれません。
── 料理本には一児の父としての思いも込めたとのこと。具体的にはどのような思いなのでしょうか?
栗原さん:料理ができて損することは何ひとつないと思っています。得することしかないとさえ思っているくらいです。うちの子どもは、ナポリタンを一人で作れと言われたら無理だけど、お手伝いは普通にさせているので、ある程度のことはできます。大根おろしを作る、納豆を混ぜるなど、ご飯の支度では必ずやっています。料理ができればひとり暮らしをしたときにも困らないですし、人に振る舞えるようになればそこで感じられる幸せがあります。「料理ができるといいことがあるよ」ということを伝えたいですね。
── 料理家としてはどのような思い、願いを込めたのでしょうか?
栗原さん:日常の些細なことで幸せを感じるためにはどうしたらいいのか。そのための情報を出しつづけることが会社としての社会責任だと考えています。子どもと親御さんのコミュニケーションのサポートというと大袈裟だけど、ひとつのきっかけになる可能性はあるのかなと思っています。
<書籍情報>
『栗原心平のキッズキッチン』発売中
発行・発売:株式会社世界文化社
PROFILE 栗原心平さん
料理家、(株)ゆとりの空間 代表取締役社長。1978年生まれ、静岡県出身。2012年8月より「男子ごはん」にレギュラー出演中。登録者数20万人以上の公式YouTubeチャンネル「ごちそうさまチャンネル」や小中学生対象のアーカイブ動画視聴型のオンライン料理教室「ごちそうさまクッキングスクール」を主宰。一児の父。
取材・文/タナカシノブ