視覚障害者がより安全に歩行できるようサポートする盲導犬はどう人間との関係を築くのか。それは子犬時代のパピーウォーカーが関係します。実体験した家族に聞きました。

 

スヤスヤと眠る姿が愛らしいラブラドールレトリーバーのリアン

子犬との別れが必ず来る…パピーウォーカーの宿命

生後2か月から1歳になるまでの盲導犬候補の子犬を、自宅で飼育するボランティア・パピーウォーカー。高梨利恵さんは2022年1月から、日本盲導犬協会より委託されたオスの子犬・リアンとの日々を楽しんでいました。それでも、パピーウォーカーと子犬には必ず別れが訪れます。

 

「委託期間は約10か月と聞いていました。だから、秋にはそろそろお別れかな、年は一緒に越せないだろうなとさみしさを感じていました。それが11月になると、協会から“子犬の委託終了時期は2023年1月になります”と連絡が。委託期間は協会の状況によって多少の差が出るようです。最初に思っていたよりも長くリアンと一緒にいられるのが嬉しくて。ともに過ごす時間をより充実したものにしようと感じたし、すごく幸せな気持ちになりました」

 

お別れ前に訪れたのが、静岡県富士宮市にある「盲導犬の里 富士ハーネス」です。犬の出産や子犬の飼育、盲導犬候補犬の訓練、引退した盲導犬の医療サポートなど、盲導犬の一生をトータルでケアする日本盲導犬協会の訓練施設。リアンにも「ここがリアンの生まれた場所だよ」と教えてあげたそう。

 

「そのとき、リアンのお母さんにも会えたんです。お母さん犬はふだん、“繁殖犬飼育ボランティア”のお家で過ごしています。そのときは、リアンのお母さん犬をお世話している方が、たまたま富士ハーネスに来られていて。会えたのは本当に偶然だったようです。“リアンを生んでくれてありがとう”と、たくさんなでてきました」

別れのとき、犬が振り向いて家族は…

今年1月。いよいよリアンとお別れのときがやってきました。高梨さんたちは、当初想定していたより長くリアンと過ごせたこともあり、すでに気持ちに踏んぎりがついていました。パピーウォーカーとのお別れのとき、犬たちはパピーウォーカーに見守られながら訓練士に連れられて協会の訓練センターに戻ります。その間、一度も振り返らない犬もいると聞いていました。

 

「リアンはちらっと私たちのほうを振り返ったんです。それにぐっと来てしまって。できればもっとあっさり別れたかったなあという気持ちはありますが、リアンにはこれから頑張ってもらいたいですね」

 

それでも、リアンとのお別れは、想像していたよりもずっとさわやかなものでした。

 

「パピーウォーカーになる前、いろいろ読んだ本には、子犬と一緒に過ごした期間のことしか描いていませんでした。だから、お別れのシーンも“悲しさでいっぱい”みたいな書き方をしているものがほとんどです。でも、実際は“本当に楽しかったなあ”という思い出しかありません。日々勉強になったし、犬が大好きに。自分が犬に対して無関心だったなんて信じられないくらいです」

別れよりも得るものが多かった

現在、リアンは訓練センターで盲導犬になるための訓練を積んでいる毎日です。パピーウォーカーだった高梨さんには、今後、リアンがどうなっていくか定期的に教えてもらうこともできるそうです。

 

「1度は会える機会もあるようで、リアンがどんなふうに成長していくのか、私たちもすごく楽しみにしています。それに、他のパピーウォーカーや盲導犬ユーザーの方たちとのつながりもできたので、その縁でどこかで会える可能性もあるかもしれません。リアンを通じて、新しい家族が増えていく感覚です。“1頭の盲導犬を通じて命のバトンが受け継がれていく”という表現をされる方もいるようですが、本当にリアンが来てくれたことで、たくさんの愛情と縁が増えた感じがします」

 

高梨さん一家は、引き続きパピーウォーカーとして犬を飼育したいと協会に希望を伝えました。

 

「じつはリアンの委託期間が終わったら私は手術の予定があったんです。“2022年中に手術してください”と言われていましたが、2023年1月にリアンを送り出すまで待ってもらって。それが送り出す2日前に病院で検査をしたら、悪いところがなくなっていたみたいで。先生が驚いて“あれっ、手術しなくてもいいかも” と言っていました。

 

手術の必要がなくなったので家族で盛り上がり、“じゃあ、もう1回パピーウォーカーをやろう”と、なりました。ペットは飼おうと思えば、いつでも飼えます。でも、娘はいずれ独立するし、家族全員でパピーウォーカーに取り組める時期は意外と短いかなと思って。リアンを迎えたときは不安でしかなかったんですが、いまは楽しみしかありません」

 

高梨さん一家は、2023年3月から新たな子犬を迎え、ともに過ごしています。また、かわいい子犬とパピーウォーカーとしての物語が始まります。


取材・文/齋田多恵 写真提供/公益財団法人 日本盲導犬協会