「病名も告知のタイミングも、ショックでした…。新婚3か月だったので」と話すのは、31歳で乳がんと診断されたボーマン三枝さん(41歳)。右胸全摘出後、着心地のいい下着がないことに愕然とし、“ないなら作ろう”とアパレル経験ゼロから下着作りをスタートした胸の内を聞きました。(全2回中の1回)

 

これが乳がん経験者が作った下着「着心地と実用性の両立を実現!」

新婚3か月で乳がんと診断されて右胸全摘出へ

29歳のころから右胸にしこりを感じていたボーマンさん。病院に通い、半年に一度検査を受けながら、経過観察を続けていました。

 

介護福祉士を経て、旅行業界の営業職などで働いたのち、2013年、31歳のときにイギリス人と結婚。それを機に、これまでとは別の病院で検査を受けたところ、乳がんと宣告されたのです。

 

「当時は新婚3か月で、将来のことを考えている時期でした。それなのに乳がんと診断され、とてもショックで。

 

私の場合『石灰化』といわれる、がんと疑われる可能性のあるものが乳房のなかに点在していたそうです。だから、乳房を部分切除する治療方法は難しく、全摘出を勧められました。

 

もちろん、手術は嫌でした。でも、悪いものは早く取ってしまいたかったので、全摘に迷いはありませんでした」

 

さいわい、病理検査の結果も、「ステージ0」のきわめて初期のがん。がんは乳管の中にとどまっていて、転移していませんでした。

術後に感じた下着の違和感「逆手にとって起業を決意」

全摘出手術を受けてから、思いがけず、ボーマンさんが苦労したのは下着選びでした。

 

乳がん経験者向けの下着は選択肢が限られているうえ、手術後の肌が敏感になっているため、気に入るものがなかなか見つからなかったのです。

 

「なくなった胸の部分にはパッドを入れるのですが、身体にフィットしなかったり、急いで着替えるとパッドが落ちてしまったり。

 

機能性を重視したものは、見た目があまり可愛くありません。生地もゴワゴワしてそっけなく感じました。

 

デザイン性の高さで選ぶとレースが肌に当たって、かゆみやきつさを感じるなど、着心地がイマイチだったんです」

 

カラーはチャコールグレーとピンクの2色展開。2枚1セットの薄い丸パッドつき

乳がん経験者の集まりに行っても、同じ悩みを抱えている人がたくさんいました。

 

そこでボーマンさんは、乳がん経験者向けの下着を作ることができたら、役に立てるのではないか?と考えるようになります。

 

「もともと20代のころから、起業したい気持ちはありました。でも、私に何ができるのか、まったく思い浮かばないままでした。

 

それが乳がんを経験し、こんな悩みがあったんだと初めて知って。私も乳がん当事者であり、身近にいる同じ病気の仲間たちに共感しながらじっくり話を聞くことができる。

 

もしかすると、この下着作りは、私にしかできないことかもしれないと思ったんです」

 

手術後、第一子を妊娠・出産。子どもが1歳になり保育園に預けられたタイミングで、起業準備を始めました。

営業のアポを取って10社目で話を聞いてもらえた

乳がん経験者向けの下着を作ろうと決意したものの、ボーマンさんは洋服を作ったこともアパレル経験もありません。人脈もまったくないところからのスタートでした。

 

「最初は創業ベンチャーを支援している行政機関に行って、何をしたらいいか相談しました。

 

そこで『まずは協力してくれるメーカーを探す必要がある』と教えてもらいました。ネットでメーカーを探したり、会社を訪れたりしました。

 

もともと、以前勤めていた会社で飛び込み営業の経験があったので、知らない会社に連絡してお話をするのには抵抗がなかったんです。

 

でも、製造数量が少ない商品はコストがかかるため、なかなか承諾してもらえる会社は見つかりませんでした」

 

そんなとき、女性向けのイベントでたまたま見つけたのが、ある下着メーカーでした。

 

商品が届いたときに嬉しくなるように丁寧に心を込めて梱包している

そのメーカーが作る一般の向けの下着は触り心地もよく、乳房パッドが花柄になっていました。ボーマンさんは、人に見えない部分にまで丁寧にこだわる姿勢に惹かれたそう。

 

「お声がけをしたところ、後日、お話をさせていただくことに。そのとき担当してくれた方が私の思いに共感してくださって。サンプルを作ってもらえることになりました」

 

サンプルが完成すると、ボーマンさん自身も参加していた若年性乳がん患者会の仲間に試着をお願いして、モニターとして数日間着用するなど協力してもらいました。

 

2016年、ついに完成した商品は、タンクトップ型の下着です。

 

裏側に胸のパッドをつけるポケットがあり、全摘出用のパッド、部分摘出のパッドとそれぞれに合ったものを入れ、バストラインを整えることができます。

 

「痛みや締めつけの原因となるゴムもワイヤーも使用せず、優しい着心地のストレッチレースで胸を支えています。

 

また、乳がんの治療でホルモン療法を行うと、ちょうど閉経と似た状態になり、更年期障害のようなホットフラッシュの症状を訴える人が少なくありません。

 

発汗やのぼせ、ほてりのような不快症状が現れるホットフラッシュの多汗対策のため、肌に張りつかない強撚綿(きょうねんめん)を使用しました。

 

お腹が冷えないように丈が長いのも特徴のひとつです。ふつうは中側についているタグもチクチクしないよう、赤ちゃんの肌着のように外側につけました」

 

手術後の敏感な肌に細やかに配慮した下着を、ボーマンさんは「ありのままの君をいちばん近くで抱きしめる」という意味を込め、「Kimihug(R)キミハグ)」と名づけました。

 

「現在は“下着屋Clove(クローブ)”というネットショップを立ち上げて商品を販売しています。

 

実際に使った方からは、『締めつけられず着心地がいい』『健康なほうの胸も落ち着く』といった感想をいただいています。

 

『闘病後に起業するとは、とても前向きでパワフルですね』と、言われることも少なくありません。

 

でも、病気になったらショックを受けて当たり前。ムリに前向きにならなくてもいいと思うんです。

 

私も病気がわかり、泣いてばかりの時期もありました。でも、手術後、家で療養をしているうちに、自分は働くのが好きで、社会との接点を持ちたいと気づきました。

 

だから、『手術の傷が痛くなくなったら、少しずつでも好きな仕事をしよう』、『旅行しよう』など、小さな目標を立ててひとつずつクリア。少しずつ希望が持てるように。

 

次第に自分と同じ不安や悩みを抱える仲間の力になりたいと思うようになり、起業に挑戦できました。

 

気づいたら、たくさんの人が私の思いに賛同してくれて、それがまたエネルギーに。多くの人に支えられていると感じます」

 

取材・文/齋田多恵 写真提供/ボーマン三枝