開発した土壌改良材のブレスパイプを手に

長男出産の際の猛烈な「リスキリング」により、樹木医になったみずほさん(54)。離婚後に敢えて上京しましたが、子育てに追われながらも新たな分野を開拓してきました。

父から東京進出をすべきだと

── 出産して樹木医に合格後は離婚したそうですが、それからどんな働き方をしていましたか?

 

みずほさん:熊本の実家の造園業を引き継ぎ、数年働いていました。

 

その後、父から熊本では樹木医の活躍の場が限られるので、東京に進出するべきとの助言を受けて、38歳のシングルマザーの身で上京しました。

 

── 仕事はすぐに軌道に乗りましたか?

 

みずほさん:簡単にはいきませんでした。それまで樹木医は個人で治療するケースは少なく、環境コンサルタントや自治体から請け負うことが多かったからです。

 

そこに私が入る余地はなく、独自性をもつ必要がありました。

 

そこで上京前に、まだ日本には導入されていなかった「ピカス」という樹木内部の腐朽(ふきゅう)程度を診断する機械を先輩と購入。使用することにしました。

 

導入直後は、同業者の間でも懐疑的だった機械でしたが、現在では東京都の公式機械になっています。

 

また私は、男性ほど力仕事や、高所での仕事ができないので、造園業者から職人までチームで動けることを心掛け、商品開発も行ってきました。

 

女性従業員と作業をする樹木医みずほさん
女性従業員と作業をするみずほさん

人を雇うことは向いていないかも

── 東京でシングルマザーとして育児とどう両立させてきましたか?

 

みずほさん:子どもが小さいときは、フリーランスの個人事業主として働いていたのがよかったですね。

 

会社員と違い収入は不安定ですが、時間の融通がきくので、子育てをしやすい面はありました。

 

上京して数年後、東日本大震災のときに現在24歳の息子は小6でしたが、クラスで最初に迎えに行った親は私だったようで、それはうれしかったようです。

 

どうしても忙しいときは当時、住んでいた大田区のファミリーサポートも利用していました。

 

── その後、個人での仕事を法人化しましたね。

 

みずほさん:私のもとで修業をしたいという女性があらわれて、人を雇うことは私には向いていないと思いましたが、チャレンジすることにしました。

 

「木風」(こふう)という社名は屋号として、東京に来てから名乗っていましたが、会社にしました。ほかにもNPO法人も設立しています。

 

樹木医みずほさん

身体的な差は尊重するべき

── みずほさんはあえて「女性樹木医」という性別つきの肩書きを名乗っていますが、その理由を教えてください。

 

みずほさん:最近は、ジェンダーと生物学的な性別を混同してそれをすべてなくそうとする傾向があり、それに疑問をもっているからです。

 

「男は~をすべき」「女は~をすべきではない」という「らしさ」を求めるものをジェンダーだと言うことができると思いますが、この考えをなくすことには賛成です。

 

しかし、身体的な差は尊重するべきだというのが私の考えです。

 

樹木医の現場で、私は男性より重いものを運ぶことも、高い所に上ることもできないので、それは男性にお願いすることがあります。

 

その代わりに私は、特殊な技術を使い、チームをつくりそれを動かすことを心掛けています。

 

ですから最近、東京都内で公共の女性専用トイレが減少している傾向に危機感を持っています。

 

私たちのような屋外で仕事をする女性がトイレを使いにくくなるので、身体的な男女の差は尊重すべきということで、あえて「女性」の名称を使っています。

 

現場でドリルをもつ樹木医みずほさん
現場でドリルをもつみずほさん

「脚立も持てないくせに!」

── 女性の樹木医ということで、不利だったことや不自由な思いをしたことはありますか?

 

みずほさん:初めての職人さんと仕事をしたときに、薬剤の準備のことでトラブルになり「脚立も持てないくせに!」となじられたことはあります。

 

そういうときは、本当に恐怖を感じますが、なだめながらこっそりメモをとり、こういう取材のときに披露することにしています(笑)。

 

── これから樹木医としてどんな将来を目指したいですか?

 

みずほさん:樹木の力で豊かになるというのが、私たちのミッションです。

 

樹木が成長すれば酸素だけではなく観光資源にもなり、社会が豊かになります。そうして経済が成長すれば、心がやすらぎ争いや戦争はなくなるはずです。

 

これは、サーキュラーエコノミー(循環経済)やSDGsにも通じる考え方だと思います。

 

特にアジア地域は樹木医の制度があまり普及していないので、まずはアジアに目を向けています。

 

コロナで途絶えてしまいましたが、ベトナムや韓国からの問い合わせもあるので、外国の樹木も治していきたいですね。

 

PROFILE 樹木医みずほ さん

1968年、東京都生まれ。造園建設業会社勤務後、熊本県初の女性樹木医に。2007年に事務所「木風 」を開設。樹木診断業務や緑地管理などを行う。『情熱大陸』出演。著書に『樹を見る女(ひと)のつぶやき』。東久邇宮国際文化褒賞受賞。

取材・文・写真/CHANTO WEB NEWS 写真提供/樹木医みずほ