2019年の合計特殊出生率が全国平均2倍以上の2.95を記録した岡山県奈義町。人口6000人ほどの町が実現させている「子どもを産み育てたい」環境とは──。(全2回中の1回)

子育てが高齢者の生きがいにも

── 先月、岸田総理が奈義町の子育て支援施設などを訪問されましたが、どんなところを見ていたと思いますか。

 

情報企画課 森安栄次さん:この町で子育てをすることへの空気感を感じてくださったんではないかと思います。ここにはいわゆる昔の日本が残っているんです。高齢者が子育てに関わって嬉しそうにしている、お母さん同士が一緒に子育てをしているという姿です。

 

岸田総理
なぎチャイルドホームを訪れた岸田総理。小さい子どもからお年寄りまで一緒に活動する様子を真剣に視察している

本当に困ったときに、誰かに頼ることができる。それを地域の人が担ってくれるという、地域全体で子育てをしていることを見てくださったと思います。この安心感が、この町なら子どもを産み育てられると住民の方が思っていることに繋がっているのかなと思っています。

 

── 町全体で子育てをするための仕組みづくりに力を入れたと伺っています。

 

森安さん:実は子育て世代は町の2割しかいないんです。いかに多くの方に子育てに関わっていただく機会をつくるかということを意識しています。子育ては、高齢者の生きがいづくりにも繋がっています。

 

ちょっと病院に行くなどの用事で子どもを預けたいときの一時保育は、1時間300円。子育て支援会員の方に依頼して子どもをみてもらうのですが、お母さんたちから、その金額では申し訳ないという話になって。

 

定期的にバザーを開いて、そこで売り上げたお金をお礼としてお渡ししているんです。これは役所が決めたルールではないのですが、自主的にそうなっているようです。商品は着られなくなった子ども服などで50円や100円のものですが、子育てに必要なものを地元で回していく仕組みを住民の方がつくっています。

 

奈義町のままマルシェ
お母さんたちが開くバザー「ままマルシェ」では、子どもたちも販売に携わっている

── すぐ大きくなる子ども服などは短い時期にしか使わないものが多いですし、良い循環ですね。

 

森安さん:町で必要な方に回していけば送料もかかりませんし、バザーに出したものが次の子のときに回ってくることもあります。

 

子育て支援会員の方は子育てを終えた世代の方が多いのですが、一緒に悩みを共感してもらえたり、自分の経験を話したり。他のお子さんや幅広い世代の方と関わり合うことでお母さんの身体的、精神的負担も減ります。お互いの得意分野も違うので、雑談のなかでスマホの操作方法を聞くこともあるようですね。

 

── 子育てが高齢者の生きがいにつながるとおっしゃっていましたが、男性の方はどう関わっているのでしょうか。

 

森安さん:田舎ならではですが、フィールドワークの分野で協力してもらっています。小学校の芋掘り体験や、米作りなどに関わってもらっています。5年生は1年かけて米作りを体験するのですが、町の方に関わってもらって、自分たちで収穫したお米を老人ホームに持っていくんです。食育として食べ物の大切さはもちろん、地域の繋がりまでを大事にしています。

 

奈義町の子どもたち
小学生が地域の方と一緒に田植えをしている様子

「しごとコンビニ」という制度があるのですが、日々のちょっとした時間を使って仕事をしてもらっています。町にある事業所や農家さんからの依頼のほか、役所の仕事もお願いしていますが、チラシ作りなども私たちよりセンスがある方もいらっしゃいます。子育て中の方はもちろん、高齢者の方も利用できる制度です。

 

仕事を依頼するときは多世代で取り組んでもらっています。8時間で行う仕事があるとしたら、1人が8時間働くのではなく、4人で一緒に作業をして、ひとりあたり2時間。そうやって人と繋がることが大切だと思っています。

町が大切にするのは人

── 住民同士の関わり合いが大切というのはどの自治体も目指していることだとは思うのですが、奈義町がここまで徹底する理由はなんでしょう。

 

森安さん:町のサービスというのは人のためにあるので、そもそも人がいなかったら成り立ちません。子育て支援は、対象ではない世代の方の理解をどう得るかが重要だと思っています。自分が対象ではないと、そこにお金を使うことへの不満が生まれますよね。いかに理解をしていただけるかが子育て支援の課題なのかなと思っています。

 

それに、政策をつくる際は必ず人口維持を意識しながらするようにしています。でも一度決めたことであっても、途中で変わったりさらに拡張させたりするのもいいと思っています。そうしないと信用は得られないと思うんです。

 

奈義町

── 信用が大切だと。

 

森安さん:子どもを育てるというのは、子どもを産み育てたいという意思がないとできません。決して強要されるものではないのですし、人を信用して、安心できる環境が必要です。

 

本当に自分たちのことを考えてくれているか、それがきちんと反映されているのか。人口減少が万病の元だとすると、政策は処方箋のようなものです。日本にとって大きな課題である少子化は、処方箋を出し続けていかないと、なかなか食い止められるものではないと思っています。

 

一度始めた制度であっても、その後に縮小したものもあります。ひとりの出産に対して町から10万円をお祝い金として出しているのですが、これまで2人目の場合は20万円としていたこともあったんです。でも一人ひとりの命に差はないということで一律にしました。

 

子育ては産んだあとずっと続いていくものなので、その代わりにお祝い金以外のところを手厚くしていく。子育て支援は、あらゆる方面からアプローチをすることを心がけています。

 

── 国も異次元の少子化対策に力を入れるとのことですが、町として思うことありますか。

 

森安さん:政策をつくって、人の心を動かすには10年かかると実感しています。10年前に出した子育て宣言に「奈義町が子育てがしやすいまち、との声が全国に広まることを目指す」とあるのですが、当時は対外的なPRではなく、住民との約束で掲げた言葉でした。

 

でも実際にはそこから10年かかりました。掲げただけではなく、10年間ずっと見直しや拡張も続けてきました。地方、都市、国とそれぞれに役割があって、持ちつ持たれつの関係だと思っているので、私たちは町としての役割をこれからも果たしていきたいと思っています。


取材・文/内橋明日香 写真提供/奈義町