1992年に「美少女戦士セーラームーン」の主人公・月野うさぎ役に抜てきされた、声優の三石琴乃さん。作品は社会現象といえるほどの人気作に。しかし、1993年1月に三石さんは急病で入院、一時代役に変更。声優として味わった、挫折、葛藤とは。声優生活を振り返り、仕事への矜持を語った一冊『ことのは』を上梓する三石さんに、当時の気持ちを伺いました。(全5回の2回目)
アフレコの当日に穿孔性卵巣嚢腫で入院し
── セーラームーンは当時社会現象ともいえるほど大人気作品になりましたが、人気絶頂のときに穿孔性卵巣嚢腫(ウミがたまった卵巣に穴が開く)で入院され、一時、代役の方に変更になりましたね。
三石さん:はい。アフレコの当日に入院することになってしまって……。そこから1クール近く、セーラームーンを休みました。ちょうどクライマックスで、敵の本陣に向かうなか、セーラー戦士が次々と命を落としセーラームーンを守るという壮絶なお話でした。そこから新しいアイテムを手に入れてパワーアップするというエピソードまでの間、代役の荒木香衣ちゃんにお願いすることになりました。
── 当時復帰が決まるまでは、どういう思いでいらっしゃったんでしょうか?
三石さん:当時セーラームーン以外の番組にも出演していたのですが、それはもう少し早く代役の方とバトンタッチして復帰できたんです。代役の方に変わった作品のなかでは、セーラームーンがいちばん最後に復帰が決まりました。
なので、じりじりと待っている時間が長かったですね。当時は今のように携帯やメールもないので。「いつなんでしょうか」と事務所に電話で問い合わせて、事務所が東映さんに聞いて…。なかなか復帰が決まらなかったので、やきもきしていました。
── 当時代役に変更になった作品では、そのまま代役の声優さんが役を引き継ぐことになった作品もあったそうですね。
三石さん:そうですね。そういう厳しさは、多分どの世界でも同じだと思います。プロジェクトに加わっても、体が動かなくて出られなかったら違う人が代わりにやることになる。それでうまく回るなら、その人に渡したほうが迷惑にならないですよね。
ただ、冷静に考えればそうなんだけど、当時、作品の途中で声優が変わるということは、あまりないことでした。「私がいなくても作品は続くんだ」と受け入れたくない事実を真っ向から受け入れました。セーラームーンは続いて良かった、とほっとする一方で、どこか寂しい思いもありましたね。
── 代役を務めた荒木香衣さんは、その後もセーラームーンに出演されていますね。
三石さん:そうですね。「ちびうさ」役でまた来てくれました。最初は一緒にやるのは、お互いに複雑な思いがあったと思います。香衣ちゃんも、本当に大変な思いをして代役の期間を埋めてくれたと思うので。
でも、香衣ちゃんが今度は「ちびうさ」として、自分の役としてのびのびと演じられる場を用意してくれた、プロデューサーの采配には拍手だなと思います。
── その後、「新世紀エヴァンゲリオン」で葛城ミサト役を演じられました。著書『ことのは』のなかでも、声優は一度声のイメージがついてしまうと、同じような声を求められる歯痒さがあると明かされていました。当時どのような思いで挑まれたのでしょうか?
三石さん:(葛城ミサト役は)当時の自分よりも2つ年上の役でしたので、微妙な距離感だなと思っていました。それまで少女役が多く、あまり挑戦したことないがない役でしたので、とてもうれしかったんです。でも、背伸びしてどこか「お姉さんらしく」「イイ女らしく」というふうに作っていたんですよね。
自分でもしっくりこないのもわかりつつ、「どうしよう」と悩みながら1話をこなしていました。作品世界が独特だったので、その世界に翻弄されている自分もいて…。
実際、翻弄される役だったから良いんですけど。私自身も、迷いながら演じていました。
当時、共演者やスタッフも勘のいい人が多く、プロデューサーに「琴ちゃんだけ出遅れているね」って言われたんです。
それを聞いて「うわぁ、やっぱりな」と。そこから今度は、あまり作らないでいこう、自分のままでしゃべれば良いんだ、と思い直しました。大丈夫かなと心配でしたけど、そのほうがしっくりくるようになりました。
── ミサト役について「役をつかんだな」という瞬間はあったんでしょうか?
三石さん:それは徐々に、ですね。私、なかなか「役をつかんだな」と自信が持てないタイプなんです。「こんな感じで大丈夫ですか?」とディレクターに何度も聞いたり、なかなか自分で「よしっ」とはなりにくい。
まわりが見て、納得してくれてようやく「これで良かったんだ」と思える。なかなか自信は持てるようにならないですね。
PROFILE 三石琴乃さん
1989年に声優デビュー。「美少女戦士セーラームーン」月野うさぎ役、「新世紀エヴァンゲリオン」葛城ミサト役、「呪術廻戦」冥冥役など、ヒット作に名を連ねる。近年では「リコカツ」(TBS)などドラマ出演も。声優生活を振り返ったエッセイ「ことのは」を上梓。
取材・文/市岡ひかり 写真提供/『ことのは』(主婦の友インフォス)