「美少女戦士セーラームーン」「新世紀エヴァンゲリオン」などで知られる声優の三石琴乃さん。2007年、当時幼稚園児だった子育てとの両立を考え、事務所から独立しました。子育てとの両立での苦労や喜びとは。声優生活を振り返り、仕事への矜持を語った一冊『ことのは』を上梓する三石さんに伺いました。(全5回の1回目)
妊娠中は「ただ心を強く持って挑む現場も」
── 三石さんは2002年にご出産されました。声優のお仕事は、スケジュールも不規則かと思いますが、育児との両立にはどんなご苦労があったのでしょうか。
三石さん:私が新人のころは、芸能界はまだ古い体質が残っていて「レギュラー番組がある間は結婚はダメ、出産は絶対にダメ」という暗黙のルールがあったんです。
ただ時代の流れとともに、徐々にレギュラーの仕事があっても出産したいという人が増えてきて、事務所も子育て期間は役者側の身になって調整してくれる雰囲気に変わってきました。
昔は、お腹が大きいときのレギュラー番組って、まわりが「妊婦さんがいる」と気を遣いすぎてしまったり、逆にボソッと「邪魔なんだよな」って言われてしまうこともあったり…。心をただただ強く持って仕事に臨む現場もありました。
── 当時は今ほど保育園の体制も整ってない時期ですよね。
三石さん:そうですね。私は子どもを保育園に入れず、ベビーシッターさんにお願いしていたんですけれど、同世代とか後輩の声優で出産した人のなかには、保育園に申し込むのに、ありとあらゆる自分の不遇をマスに入りきらないくらい書いてアピールしないと保育園に入れない、という時代でした。
私は先輩から紹介していただいたベビーシッターさんに、何人かで順番で来てもらって、ベビーシッターさんと家族でなんとか回そうとやっていましたね。
あっちでもこっちでも「すみません」の理不尽さ
── 2007年に事務所を退所してフリーになったのは、当時幼稚園だったお子さんの影響も大きかったそうですね。
三石さん:そうですね。当時、子どもは幼稚園に通っていたんですが、幼稚園って、唐突に予定が決まることも多いんです。保護者が行事のために集まって準備をするとか、発表会の衣装を作るといった予定が、突然「今月はこの日に集まりましょう」と決まるんですが、その日にすでに仕事が入っていて重なることが増えてきたんです。
できるだけ子どもには肩身の狭い思いをしてほしくないし、他のママと同じように何か役に立ちたかった。できるだけ参加しようと事務所にスケジュールの調整はお願いしていたんです。
でも、そのたびに「本当にすみません。NG(お休み)入れられますか?なんとかなりますか?」と頭を下げてお願いしました。
あとは、事務所に対して、希望するマネジメントと事務所ができるマネジメントの差が大きくなってしまったのもあります。当時は「美少女戦士セーラームーン」や「新世紀エヴァンゲリオン」に出演した後で、直に自分の名前でお仕事をいただけるという状況になっていたというのもありましたし、年齢もキリの良いところでフリーになりました。
── 幼稚園関係は、日程の調整が大変そうですね。
三石さん:ただ、それでも私はある程度キャリアを積んで、スケジュール調整のお願いが言えるようになっていたので、まだよかったですね。新人だったら、そんなことを言ったら仕事を入れてもらえなくなることもあったと思います。
── 私も子どもを幼稚園に入れて延長保育で働いているので、大変さはよくわかります。
三石さん:ねえ。延長保育と言ってもすぐにお迎えでしょう?私も、ブーメランかと思ったもん(笑)。朝わーっと送り出したのに、「もうお迎え!?」みたいな。
仕事でお迎えが遅くなり、職員室で子どもを預かってもらって、「すみませーん!」と駆け込んだこともあります。子育てしながら仕事をすると、こっちでも「すいません」、あっちでも「すいません」となる。この理不尽さ、なんとかならないか、と思うけど…。
── フリーになって、スケジュール面の課題は解決されましたか?
三石さん:そうですね、スケジューリングは自由になりました。当時は40代で元気バリバリだったので、1日4本でも5本でも仕事を詰めて、その代わりに「この日はオフにする」と調整できるようになって、お休みの日が取りやすくなりました。
運動会では恩返しのアナウンス
── お子さんには、ご自身がセーラームーンの声優だと明かされてなかったそうですね。お子さんが自分で気づいたんでしょうか?
三石さん:なんとなく察してはいましたね。私からは絶対言わないようにしよう、と決めていたんです。幼稚園やほかの保護者に対しても、私から職業を言うことはなかったんですけれど、なんとなくポツポツとわかってしまっていたようです。
── 幼稚園の運動会で入場行進のアナウンスを担当されたとか。
三石さん:実行委員の人から「なんとかやってほしいな」と頼まれたんです。当時、子どもは年長だったので、お世話になった園への恩返しという意味でお引き受けしました。
「こういうこと言ってください」という台本をいただいたんですけど、「これではおもしろくない。このキャラクターはこう言わない!」と自分で書き直しました。
── すごい、プロの技…!
三石さん:セーラームーンの(月野)うさぎちゃん風に「頑張らないと、おしおきよ!」とつけ加えたり。
あと、お父さんたちが参加する種目の入場行進で、エヴァンゲリオンの葛城ミサト風に「行くわよ、お父さんたち。発進!」でキメました(笑)。
── 保護者は大喜びですよね。その場にいた人がうらやましいです。
三石さん:運動会は普通は子どもたちがワイワイ盛り上がっている雰囲気だったんですが、私がアナウンスをしたときは、大人の低い声がざわざわざわっと聞こえてきましたね(笑)。
── 母親になったことで役へのアプローチが変わりましたか?
三石さん:作らなくてもできるようになった役が増えたと思いますね。母親役は出産前にも担当していたんですけど、それっぽく「こんな感じかな」とやっていた部分はありました。
ただ母親になってからは、そういううしろめたさはまったくなく、普通に演じられるようになりましたね。
PROFILE 三石琴乃さん
1989年に声優デビュー。「美少女戦士セーラームーン」月野うさぎ役、「新世紀エヴァンゲリオン」葛城ミサト役、「呪術廻戦」冥冥役など、ヒット作に名を連ねる。近年では「リコカツ」(TBS)などドラマ出演も。声優生活を振り返ったエッセイ『ことのは』を上梓。
取材・文/市岡ひかり 写真提供/『ことのは』(主婦の友インフォス)