想像してみました。24歳の女性が「年上男性」だけの組織を率いる姿を。片岡安祐美さんが社会人野球チームの監督に就任したのはそういう状況でした。どうやって選手たちの心をつかみ、彼女自身はどうやって殻を破ったのか。状況を一変させた欽ちゃんの至言は、心にとどめておきたい言葉でした。(全4回中の3回)
高校卒業後も野球選手を続けられた訳
── 男子に混じって甲子園を目指した野球少女が、萩本欽一さんからスカウトされて社会人野球チーム・茨城ゴールデンゴールズに入団したニュースは注目を集めました。
片岡さん:球団から連絡をいただき、高3の12月に福岡ドーム(現在の福岡PayPayドーム)で萩本さん(以下、欽ちゃん)とお会いしました。
欽ちゃんは私に「いい目をしてるね」と言って、夜中まで話しこんだんです。「将来どうしたいの?」と聞かれたので、「野球にたずさわる仕事をしたいです」と答えました。
そうしたら、「たずさわるだけでいいの?」とつっこまれて、いやいや「本当は野球選手になりたいです!」って。
欽ちゃんはその場で「わかった、その夢かなえよう。入団テストを受けにおいで」。これで私の人生が大きく動きました。
── 高校生で女子野球・世界選手権日本代表に3年連続で選ばれるなど、努力をきちんとみていてくれたんですね。ご両親も大喜びでは?
片岡さん:はい。でも、両親との約束で必ず大学に通いながら、野球選手をすることに。将来のために教員免許をとったほうがよいと言われ、あわてて茨城に近い大学を受験しました。
うちの両親は、私が幼いときからつねに選択肢をいくつか示し、私に決めさせてくれました。
幼稚園を決めるときでさえ、3、4歳にわかるように「ここは送迎バスがある」「ここはこんな特色がある」と、丁寧に説明して私に決めさせたくらいです。
前例のないことに挑戦できたのも、自分で考えて決断し、責任をもって進めるよう育ててくれた両親がいたからです。
突然の監督指名!悩みながら過ごした先の光
── 2005年、萩本欽一さんにスカウトされ、社会人野球・茨城ゴールデンゴールズに入団し、5年後には萩本さんの後任として、社会人野球初の女性監督に就任されました。
片岡さん:突然のことでびっくり(笑)。欽ちゃんが「もう記者に言っちゃったから」って。私、コーチもやったことないんですよ!
沖縄遠征の帰りの飛行機のなかで、欽ちゃんに「監督やるってことは、私はもう選手として終わりってことですか?」と泣いて詰め寄ったことも。
欽ちゃんは「そんなことないよ、打ちたければ代打で出て、好きなことやればいいんだよ」って。
── 就任後の初試合で、そのとおり「代打、私!」で出場されましたね。24歳の監督にとって、チームメイトは男性ばかりで、しかも年上がほとんどだったのでは?
片岡さん:はい。最初はチームメイトとぶつかることも多かったですね。監督就任のときに、欽ちゃんから「かわいがられる監督になりなさい」と言われたんですが、どういう意味かわからなくて。
星野監督や野村監督みたいな威厳も経験もないし、私は女性だし…。黙ってプレーを見守ったり、偉そうにするのも違う。自問自答しながら最初の数年間を過ごしました。
監督になって3年目に、欽ちゃんから「安祐美、いくつになった?」って聞かれたので、「もう27歳です」と答えました。
そうしたら、「見かけは18歳のころと変わらないのに、年齢が邪魔してるのかな」とおっしゃって…。
── 萩本さんのひと言には、深く考えさせられますね。こうしなさい、と答えを与えるのではなく、相手が自分で気づくのを待つような。
片岡さん:そのとおりです。どういう意味だろうって、すっごく考えました!帰りの電車でもずっと。
欽ちゃんとの会話を何回も頭の中でくり返しながら、気になったのが、「もう27歳です」って答えたところ。30歳が近づき、いつの間にか「もう」って答えることが増えていたんです。
「まだ27歳」と、ある意味で謙虚に若手としてもがいてもいい、でした。
世の中から見れば、27歳なんてまだまだ若手。でも監督の責任を負うからには、しっかりとした姿を選手に見せなきゃ、と力が入っていました。
それからは、「まだまだ」の自分、できない姿も選手に隠さないようにしました。
そして、お互いの弱いところや本音をもっとぶつけあう。「ウザがらみ」って言われるときもありますが(笑)、心を開かなきゃって。
「安祐美さんが監督だから」信頼のもと初優勝
── 萩本さんの言葉で変わった片岡さん。いま、監督としてこころがけていることを教えてください。
片岡さん:監督は勝つことが求められ、結果がすべてだと言われます。でも、「勝ったけれど不正解」もあるかもしれない。勝ってもチームがバラバラだったら本当の勝利とはいえません。
だからこそ、選手とのコミュニケーションを大切しています。いくら指示を出しても、言葉だけでは人は動きません。一方通行でもダメ。当たり前のやりとりをちゃんとしないと。
たとえば、言葉がいかに大切か。同じ内容を伝えるにしても、ひとりひとりに合ったアプローチがあります。
タイミングも重要。言葉の選び方ひとつで相手のやる気が大きく変わります。これは、欽ちゃんが監督のときにもっと学んでおくべきだったなぁと。
それから、監督でも「ありがとう」「ごめんなさい」をちゃんと伝える。監督だからって、完璧である必要はないです。
欽ちゃんの言葉で考えさせられてから、選手への接し方を見直しました。「安祐美さんが監督だから、このチームでプレーしているんです」と言われたときは、本当にうれしかったなぁ。
── そして監督就任後4年目で優勝。もちろん、女性監督として初めてです。
片岡さん: 優勝がかかっている試合を前に、選手から「監督を男にします、胴上げしてみせます」って。
これが欽ちゃんの言った「かわいがられる監督」なのかなと思いました。でも、本当はどんな意味だったのかいまでも答えはわかりません。答え合わせするのが怖くて…。
いや、欽ちゃんが怖いのではなく、私なりに考えてやってきたことがもし間違っていたらどうしよう、に近いですね。でも、うまくいってるから、まぁ、いいかな(笑)。
PROFILE 片岡安祐美さん
1986年、熊本県生まれ。熊本商業高校硬式野球部に入部。高校時代に女子野球世界選手権日本代表に3年連続で選出。社会人野球クラブチーム「茨城ゴールデンゴールズ」に入団、2010年に監督就任。2014年に全日本クラブ野球選手権優勝。2017年に元プロ野球選手の小林公太さんと結婚、2022年長男を出産。
取材・文/岡本聡子 写真提供/片岡安祐美、株式会社佐藤企画