幼い子を連れて電車に乗るのは、大変な覚悟がいります。子連れで出歩くと1日中「すみません」を連呼しているとなげく女性もいるほど。小さい子どもを連れた親に優しくない世の中ですが、たまにはホッとすることもあるようです。
小さい子を連れて乗る電車に神経を使う親
「3歳と1歳を連れ歩くのは本当に大変。ヘトヘトになります」。そう話すタカコさん(36歳、仮名=以下同)は現在、育休中です。
つい先日、実家の父親の体調がすぐれず、看病をする母も調子を崩したというので、手伝うために東京都内の電車に午前中、乗り込みました。
ベビーカーを押しながら、3歳児の手をひかなければならないので、ゆっくりと周りを見ながら、迷惑をかけないよう気を配りました。
「ベビーカーを座席の隅に置いて、下の子をあやしつつ、上の子の話も聞くという状況。それでも上の子がご機嫌で、あれこれ話してくれるので楽しんでもいたんです。
でも、下の子が徐々にグズりだした。上の子が『泣いちゃダメだよ』と言ったら、周りの人たちも笑顔になってくれて…」
一緒にあやしてくれる若い女性もいたといいます。ところが下の子は、我慢しきれなくなったのか、ギャーッと泣き出しました。
「すみません、と周りに謝りつつ、なだめようとベビーカーを揺らしましたが、それでもダメでついに抱き上げたんです」
そのとき、近くに座っていた老夫婦の男性が、「あー、うるさい」と怒鳴ってため息をつきました。みんなハッとしたようにその男性を見ています。
妻に叱られた夫は寝た振りモード全開に
「“すみません”と言いながら、なんだか情けなくなりました。赤ちゃんが泣くのは当然。私だって出かけたくて出かけているわけじゃない。
子連れで出かける人にも事情があるんですから。口では謝りつつ、内心はとても不愉快な気分になっていました」
するとその老夫婦の女性のほうが、大きな声を上げました。
「あなた、謝らなくていいのよ。ごめんなさいね、この人は子育ての苦労なんて何にもわかってないんだから!」、女性は声高に、そう言いました。
「だから子どもを連れて電車に乗ることが、どれほど大変なのかも想像ができないの。子育てに関わったことがないから。あなたは謝らなくていいの。気を悪くしないでね。私がこの人の代わりに謝るから」
女性の言葉に、タカコさんも周りにいた人たちも、ハッとしたようにその男性を見つめていました。男性はふてくされたような表情で周りを見ると、すぐに寝たふりを始めます。
子どもが泣いても寛容な社会であってほしい
「“ね、こうだから”と、その女性は言いました。思わず吹きだす人もいましたね。70代後半くらいでしょうか。
皆の前であんなふうにも言われるくらいだから、家庭でも立場が悪いのかもしれません。車内の人もいろいろそうやって想像したんでしょうね。車内がなんとなくほんわかした雰囲気に」
その後、タカコさんが降りるときには、若い女性がベビーカーを下ろすのに手を貸してくれ、別の女性も3歳児の手をつないでくれたそうです。
「若い女性たちは自分に子どもがいなくても、想像して大変だとわかるわけですよね。
怒鳴ってしまうような大人は、想像できないのではなくて、しようとしないんだろうなと思います」
日本は子育てするには厳しい環境が続いています。電車に乗ってきた1歳児だって、お母さんとともに、きっとストレスを抱えているはず。せめて周囲は温かい雰囲気をつくりたいものです。
文/亀山早苗 イラスト/前山三都里