満員電車のなかで「いい加減にして!」と夫に激怒
結婚後は仲のいい夫婦として過ごしましたが、順調な日々は長くは続きませんでした。じつは、夫が競艇の舟券をインターネットで購入しては負け続けていたのです。
あるとき、夫名義の消費者金融のカードが見つかり、230万円の借金があることが判明。腹を立てたものの、「もうやらない」の言葉を信じ、田中さんが全額返済します。
「2000年、2001年と年子で子どもが生まれ、ほどなく家も購入しました。
夫は私に優しく、子どもたちも可愛がり、家事も育児も分担。仕事にも熱心で、営業成績も優秀でした。
それなのに夫のギャンブルは続き、数年に一度は数百万円の借金が発覚します。家庭での優しい姿とのギャップが激しすぎ、二重人格なのかと疑うほどでした。
借金が明るみに出るたびに私が肩代わりし、ブランド品など売れるものはすべて売却しました。
共働きだったこともあり、世帯収入は平均以上ありましたが、何度も繰り返される借金に、貯金もまったくできず、生活は苦しくなるいっぽうです。
気づけば、肩代わりして返済した借金総額は1500万円にのぼりました。
とうとう堪忍袋の緒が切れて、あるとき、満員電車のなかで夫に『いい加減にして、お前は病気だ』と激怒しました。
すると、夫は『自分ではギャンブルをやめられない。助けてほしい』と人目もはばからず泣き崩れました。これはおかしいと、私もようやく気づいたんです」
インターネットで調べ、夫婦で精神科に訪れたところ、夫はギャンブル依存症という「病気」で、田中さん自身も「共依存」におちいっていると告げられました。
「告知されたときは、『まじめで子煩悩な夫がまさか病気?』という気持ちと、原因がわかってホッとした部分もありました。
担当医は依存症に理解があり『この病気は、病院で治療して治るものではないから、自助グループに参加してください』と紹介されました」
自助グループとは、ギャンブル依存症の当事者とその家族が経験をわかちながら回復をめざすものです。
「最初は私自身にギャンブル依存症への偏見があり、初めて自助グループを訪れたときは、すごく身構えていました。でも、実際は想像と違って、すごく明るい雰囲気。
みんな同じ経験をしているから、つらい思いも受け止めてくれます。ありのままの自分を認めてもらえたような安心感がありました。
自助グループに通ううちに、私が夫の借金を肩代わりしたのは、大きな誤りだったと知りました」
依存症の人が回復しようと思うためには、「こんな苦しさは二度と味わいたくない」と絶望的な状態、つまり「底つき体験」が必要だといわれています。
早期に回復させるためには、家族や身近な人は手を貸さず、借金を作った本人に責任を取らせ「失敗を体感させてあげる」ことが重要なのです。
「じつは、のちに私もギャンブル依存症だと診断されました。夫と違って長い間ギャンブルをやめられていたのは、妊娠、出産、育児とあわただしく、ギャンブルどころではなかったからです。
現在は夫婦ともに依存症を克服し、『ギャンブル依存症問題を考える会』を立ち上げましたが、この病気はまだ世間の偏見が強く、本人の意志の弱さが原因と思われがち。
でも、WHO(世界保健機関)も“病的賭博”という名称で認める“脳の病気”です。脳の神経伝達物質であるドーパミンが過剰に分泌され、刺激を求めるため、本人がやめたくてもやめられません。
残念ながら精神科の医師でも、ギャンブル依存症に詳しい方は少ないのが現状です。
当事者や家族が相談機関にたどり着くまで、10年ほどかかる場合も珍しくありません。もっと、ギャンブル依存症の問題が多くの人たちに知られるよう、活動していきたいです」
取材・文/齋田多恵 写真提供/田中紀子