「35歳のとき、ようやく父親と向き合う覚悟ができたんです。自分も親になっていたからかな」そう話すのは、大ヒットアニメシリーズ「新世紀エヴァンゲリオン」の主題歌「残酷な天使のテーゼ」を歌う高橋洋子さん。父の夢を託され、幼少期から音楽の英才教育を受けてきた高橋さんが、父親と和解するまでを伺います。(全4回中の3回)

父の夢を託された幼少時代

── 2歳からピアノを習い、小学校時代は、「滝野川少年少女合奏団」のメンバーだったそうですね。そもそも音楽の道に進まれたのは、お父様の影響だったとか。

 

高橋さん:父は、国鉄の職員だったのですが、もともとは指揮者になりたかった人でした。高校時代に独学で音楽を勉強し、音大に合格したのですが、田舎の貧しい農家できょうだいも多かったので、親に反対され、泣く泣く夢をあきらめたんですね。

 

そうした経緯から、自分の夢を子どもに託したわけです。きょうだいのなかでいちばん健康で、たいして頭もよくなかった私に、その役が回ってきたんですね。

 

高橋洋子さん
2歳からピアノや歌の練習をしていたという高橋さん

── かなりのスパルタ教育だったそうですね。

 

高橋さん:それはもう、酷かったですね。2歳から父にピアノを習い、小学校からはコンクールに出場させられるのですが、うまくできないとものすごく怒られるんです。「お前は窓から金を捨てているようなものだ!」と怒鳴られ、その場で正座。

 

叩かれることも日常茶飯事でした。私からすれば、「できないから練習しているのに、なぜこの人は怒るのだろう」と思っていましたね。休日は1日12時間くらい練習させられるので、友達と遊ぶ暇もなかったです。

 

── それだけ期待されていたのだと思いますが、子どもにとってはつらい環境でしかないですよね。

 

高橋さん:あまりにつらすぎて、小学2年生のときの作文では、将来の夢に「ひとり暮らし」と書いていたほど。住宅チラシの間取りを眺めて、家を出る日を夢見ていました。3階の窓から下を覗きこみ、「今、ここから飛び降りたら練習せずにすむのかな」と思ったこともありました。

 

── 反発された時期もあったのですか? 

 

高橋さん:いえ、音楽自体はすごく好きでしたし、なにより父が怖くて歯向かうことができなかったんです。とにかく破天荒な人で、お酒を飲んでは家族を振り回す。すぐに怒って手を挙げるので会話にならないんです。大学中退後、自宅を出たときには、「これでようやく解放される」とホッとしました。