オリンピックにも出場し、引退後も幅広く活動の場を広げている元バドミントン選手の潮田玲子さん。昨年から、女性アスリートを支援する活動を始めました。現役時代は、「生理でパフォーマンスが下がる自分を責めていた」と話す潮田さん。お話を伺いました(全3回中の3回)。
「生理がなくてもいい」というアスリート
── 生理やPMSへの知識を深め、アスリートを支援する活動をされていますが、潮田さんは現役時代に、生理の不調にどう向き合ってきましたか。
潮田さん:昨日できたことが今日できなくて落ち込んでいました。そこで、やる気のない自分を責めてしまうんです。「なんで私、こんなできないんだ」って。そこでまた監督に「やる気がないなら帰れ」と言われてさらに落ち込む。
でもそれが、ホルモンのせいだということがわかっていれば、「もうすぐ生理がくるからこの不調はPMSだ」と自分を責めることもないですし、監督も理解があれば「帰れ」という言葉は決して出てこないと思うんです。その期間はできる範囲で頑張る。パフォーマンス自体は変わらないかもしれませんが、ストレスは減ると思います。
女子チームでいうと、たとえば20人いたら毎日誰かしら生理である確率は高いですよね。もちろん、個人の体調に合わせてメニューは組めないですし、大会に向けて、今は走り込みの時期、ゲーム練習の時期と分けています。ひとりひとりのためにメニューを組み替えてほしいというわけではなく、言葉かけが変わるとか、うまくコミュニケーションをとってほしいと思うのですが、難しいと感じることもあって…。
── それは、どうしてですか。
潮田さん:アスリートは極端で、「生理がなくてもいい」と思っている子たちもいまだにいるんです。間違った知識を持っている人がけっこういて、ましてそれが女性同士だったりもして。審美系の競技や長距離マラソンなど、体重が少ないほうがいいとされる競技もありますよね。
たしかに生理は、ないならないでラクじゃないですか。わずらわしさがなくなるので、生理が来なくてラッキーとか、あとは生理自体が悪だという考え方もあります。生理が来るのは「追い込みきれていないから」って。
── 鳥肌が立ちます。
潮田さん:「私たちのときは生理なんて止まってたし」と先輩から言われることもあるそうです。でも生理が来ないことで将来的な不調に繋がったり、ホルモンの分泌が少ないことで疲労骨折に繋がってしまうこともあるんです。
きちんと生理が来るというのは健康のバロメーターでもあります。データとして、同じ練習量でも生理が定期的に来ている選手のほうがパフォーマンスも上がりやすいというのも出ているんですが、それも知らない場合が多い。それに生理がないというのは極端なエネルギー不足の可能性もあり、しっかり食べられていないことも多いんです。
── 体重コントロールが必要な競技もありますよね。
潮田さん:現役時代、トレーニングセンターで体操の選手と一緒になるタイミングがあったのですが、彼女たちはずっとサウナに入っていました。決められた体重があって、100グラムでも多いと練習に入らせてもらえないそうで。お昼ご飯のおにぎりも半分残しているのを見ました。
── 体も動かしながら、それしか食事を取らないなんて…。
潮田さん:本当にもっともっと変えていかなきゃならないと思うんです。このままの状態が続いたら、選手たちが疲弊してスポーツ離れにもつながってしまうと心配しています。
生理のことをチームメイトで話すかといえば、現状はそうではないようなので、「実はずっと生理が止まっている」ということも。セミナーひとつ受けるだけでチーム内での声かけが変わったり、婦人科に行くきっかけに繋がったりすると思っています。
きっかけはインタビュー
── 現在、セミナーなどを中心に正しい知識を持ってもらうべく活動を行っていますが、始めるきっかけはなんでしたか。
潮田さん:アスリートとしてキャリアを詰んできて、いつか社会貢献活動をしたいと思っていました。でも具体的には定まっていなくて。子どもたちにバドミントンを教えるなど指導者としての活動はしてきたのですが、自分のチームを作るとかではなく、お話をいただいたらお受けしているだけでした。
そんななか、仕事で受けたインタビューで、アスリートの生理や体のコンディションがテーマだったことがあったんです。「今のアスリートはどんな環境でプレーするのがいいですか」という問いがあって。
大会に向けてコンディションを整えていくなかで、現役時代は不思議なことに生理とは切り離して考えていました。生理でツラくても我慢するのが当たり前で、誰かに相談することもありませんでした。情報を自分で知ろうと思えば知ることはできますが、教えていただく機会はなかったなと。
正しい知識を知っていればもっとストレスなく競技生活ができたし、自分が得られなかった知識を伝えていきたいというお話をしたんです。
── 取材がきっかけで、本当にしたいことが引き出された。
潮田さん:その日、家に帰ってまたじっくり考えました。今の後輩たちの姿を見ていても、積極的にセミナーを受ける機会もないし、体に不調がきてそこではじめて、生理が来ていないことが原因だとわかる。私のときからもう10年も経ったのに、何も変わっていないなって。
それなら私が正しい知識を身につける場所を提供することはできるんじゃないかなと思ったんです。
社会貢献をずっとしたいと思っていた気持ちと、実際にやってみようと思うタイミングが合致して。こういうのって後回しにしてしまうと気持ちも薄れていってしまうので、そこからスピード感を持って一気に立ち上げました。
タブー視される生理の話題
── 具体的にはどんな活動をしているのですか。
潮田さん:トップ選手やチームへのセミナーをしたり、大学でスポーツを頑張っている子たち向けには授業の1コマをいただいて講演をしたりしています。スポーツをする方、しない方や性別を問わず、企業からの要望にも応じています。私たちは医者ではないので専門の先生方と一緒に活動もしています。
先日、市立船橋高校の体育科でセミナーをしましたが、7割が男子でした。女子たちは自分の体のことなので理解を深めようという気持ちがあると思いますが、周りにいるチームメイトや監督、コーチには男性も多いです。
彼らが女子選手を指導する立場になるかもしれませんし、アスリートに限らず、将来のパートナーに優しく接するとか、理解を深めてほしいという意味で話をしました。
現状、男性が女性の生理について習う機会はほとんどなくて、小学校の性教育で終わっている方がほとんどです。セミナーをしていると、女子を指導しているなかで、どうしたらいいかわからないという声も多く聞かれます。
── 生理に関する話題は、なぜか隠されていますよね。
潮田さん:さかのぼってみると、小学校の性教育で男女別に分けられて教えられたことから始まっているように思います。夫は三兄弟で、生理についての話題はタブー視しているようでした。私自身もこの活動を始める前は、家のトイレにナプキンも置けなかったんです。夫婦間でもこうなので、思春期の子たちからしたら余計に敏感になりますよね。
活動を始める前、最初に夫にセミナーを聞いてもらいました。そうしたら理解が深まったみたいで、そのあとからは「今日は生理だから不調で」ということも言えるようになったんです。
うちは子どもたちにも性教育はオープンにしています。性の絵本を読んだり、一緒にお風呂に入ったときには、「ママはツラい思いもするし、体調も悪いこともあるけれど、そういうときは助けてね」と言ったりすると、「へぇ〜、そうなんだ」と言ってわかってくれているので、大人がタブー視するのが一番良くないのかなと思います。
私自身も、中学生のときにタンポンを使いたいと思ったのですが、誰も教えてくれなかったなと。今なら生理中のアイテムもいろんな種類がありますし、より快適にストレスなく過ごすために、きちんと大人が教えてあげなきゃならないと思っています。
PROFILE 潮田玲子さん
1983年生まれ、福岡県出身。幼い時からバドミントンを始め、全国中学生大会女子シングルス優勝。小椋久美子さんとの“オグシオ”ペアで、女子ダブルス 全日本総合選手権大会を2004年〜5年連続優勝、2007年世界選手権女子ダブルス銅メダル、北京オリンピック5位入賞。2009年〜池田信太郎さんとの“イケシオ”ペアで全日本社会人大会、全日本総合選手権大会で優勝。2012年混合ダブルスでロンドンオリンピックに出場、同年9月に現役引退。2021年〜一般社団法人Woman's ways 代表。
取材・文/内橋明日香 写真撮影/北原千恵美 写真提供/潮田玲子