「タテ社会で厳しいのに、やさしい世界でもあるんです」。吉本新喜劇の世界に飛び込んで10年たった酒井藍さんは、突然、座長を拝命します。父親以上の年齢のベテランもいる座組みで、彼女は何を思い、何を背負い、何を楽しんだのでしょう。
“こけ方”も猛練習「柔道経験が活きることも!」
── 2007年、3歳から憧れ続けた新喜劇に「金の卵オーディション」を経て入団されました。熱狂的なファンから出演者側に立場が変わりましたが、想像と違う点はありましたか?
酒井さん:
私はNSC(吉本総合芸能学院)に行かず、笑いはズブの素人で、ただ“好き”だけで思いを実らせて新喜劇に入りました。ですから入ってから学ぶことばかり。
いちばんの気づきは、演技をすごく大切にしていること。ファンとして観ていたとき、人情や人生の悲哀の芝居に泣かされた理由がわかりました。
── 私の7歳の娘も、中盤の人情シーンで涙ぐむことがよくあります。たしかに、座員の皆さんは真剣に演技に取り組まれていますよね。笑わせ方や演技は先輩から教わるのでしょうか?
酒井さん:
発声や基本的な動きは新喜劇の先生に教わることがありますが、ほとんどは先輩方が実戦で教えてくれます。
先輩方が笑いにつながるパスをうまいこと出してくれるんです。「藍ちゃん、ここボケてみたら?」とアドバイスを受け、どうやって笑わせるかを手探りで学びました。
とくに新喜劇独特の技術といえば、“こけ方”。何種類もあって、指導を受けます。
── “こけ方”って、ズコッと崩れ落ちる動きですよね?全員の動きがそろっているので圧巻ですが、あれもノウハウがあるんですか!?
酒井さん:
“こけ方”は奥が深いですよ~。大きく見せるためには、まず大きくこけるのが重要。
ばーんと大きく転がる、予想が外れてズコッと崩れ落ちる、など場面に応じてやり方があります。
私は小学5年生から20歳まで柔道をやっていたので、大きくこけるのはすぐできました。ミニスカート姿でパンツ見せて転ぶ小学生役などは得意です。
でも、若い女性がへなへなっと、か弱く崩れ落ちるこけ方はいまだにできません(笑)。
── たしかに、柔道ではか弱く転びません(笑)。これまでの経験や日常が演技に活きるものなんですね!
酒井さん:
じつは稽古以外でも、芝居について学ぶ機会は多いです。たとえば、楽屋での靴の脱ぎ方。私は、“ぱんぱーん”って、勢いよく脱いでしまいます。
先輩から「靴そろえながら台詞言って演技することもあるんやで。舞台でもできるように、ふだんから意識しとこうな」と教えてもらいました。
── 芸の世界はタテ社会で、全員がライバル。厳しそうなイメージですが、みなさん、めんどう見がいいんですね。
酒井さん:
厳しい世界だと覚悟して入りましたが、案外、みなさんやさしかった。相談がてらおいしいものを食べに連れていってくれることも多いです。
末成映薫(ゆみ)姐さんなんかは、「ひとり暮らしでちゃんと野菜食べてる?レンコンのきんぴら作ってきたから食べて」と、よく手料理を持ってきてくださります。
私、新喜劇入ってからますます太りました(笑)。ネタみたいですけどバスト100、ウエスト100、ヒップ100なんですよ。
他の方も気づかってくれて、生理のときの対応や心のケアまでしてくれます。
新喜劇の女性座員は、さっぱりしている人が多いです。ネチネチしてないし、良い意味でみんなマイペースなのでやりやすいです。
── では、苦労はそんなになかった?
酒井さん:
朝までバイトしてそのまま舞台に出ることもありましたが、舞台ではすべてを忘れて幸せでした。
でもテレビのレギュラーの仕事が増え、疲労で1か月入院したことがあり、そのあいだは悔しかったです。
また、いくら先輩方がめんどう見がいいと言っても、舞台は厳しい実力社会。
金の卵オーディションで受かったのは、女性は私ひとり。男性は4人いましたが、私以外はみんな退団しました。
退団する人たちには事情がありますから、前に進む決断や勇気をほめて送り出すことにしています。