義母の家事に対する考えも変化

さらに、私が夕飯を作ると決めた日は、どんなに私がだるそうでも義母は手を出さなくなりました。

 

以前は私が夕飯作りを諦めて出前を取ると伝えると、義母は決まって「作れないなら私に言ってくれたらよかったのに!」と言ったものでした。

 

ギリギリまで自分で作ろうと頑張っていたところにそう言われると、何か悪いことをしているようで罪悪感が募りました。

 

しかし今では、私も自分の体調の見極めを早めにつけるようにして、「今日は出前!」と決めたら悪びれず義母に伝えるようにしています。

 

義母も「たまには出前もいいわね」と乗り気になってくれるようになりました。

 

思うに、義母が「すべての家事を自分の仕事の範疇だと思うこと」から降りてくれたことが、結果的に私の気持ちを楽にしてくれたのだと思います。

 

以前は「私ができないこと=自分がやらなければならないこと」という意識が強かった義母ですが、ここ数年は、義母の仕事と私の仕事の分担をはっきり分けて考えてくれるようになりました。

 

私が食事の支度ができなくても出前などで何とか手配するし、それでなんの問題もない、ということに慣れてくれたようなのです。

義母の気づかいに気分が沈む日も

また、私が体調がすぐれずに寝込んでいると(これがまた多いときで週に2日くらいあるのです)、以前の義母は心配して子どもたちに食べ物を持たせてきたり、寝室の入り口まできて体調はどうかと尋ねたりしてくれました。

 

義母の優しさなのは分かってはいるのですが、ただでさえ休んでいることに罪悪感でいっぱいのところに、そうしばしば声をかけられては余計に気分が沈みます。いっそ放っておいてほしい、大人なので餓死する前に何か食べるから…。

 

我ながら面倒臭いとも思うのですが、同じうつ病を患う人に聞いてみると、かなりの確率で同じように感じている人がいることが分かりました。

 

家に食べるものが最低限置いてさえあれば、そっとしておいてくれたほうが回復が早いというパターンも多いのです。