取材をした後も、人間関係が長く続きやすいと語る丸岡いずみさん。キャスター、うつ病を発症、そして新たに通信制の学校の顧問に就任。40代は迷ってばかりだったという丸岡さんが、50代を迎えてさらに輝き続ける理由とは。お話を聞きました。

取材から25年のつき合い

── 丸岡さんは、取材を通して、取材対象者の方とその後もおつき合いが続くこともあるそうですね。

 

丸岡さん:多いですね。たとえば、ゴミ問題を通して知り合ったご夫婦とは15年くらい。当時、ひきこもりだった小学6年生の少女とは、もう25年くらい続いています。彼女が大人になって調理師になって、「試作したから、丸ちゃんに食べてほしい」って連絡をくれたりして。

 

取材を通して、そこからご飯を食べに行くと大体仲良くなって。そこから細々と繋がることが多いです。

 

── 素敵なご縁ですね。

 

丸岡さん:この間、日本テレビのかつての同僚と食事にいったときにも言われたんです。「丸岡は、人との関係を長続きさせるよね。自分はそうならない。記者はタイプがあるから」と。

 

自分ではなにか特別なことをやっているつもりはないのですが、流れにそってやってきたらこのような素敵なご縁がたくさんつながってきました。

私が学校の顧問に?

取材からのご縁で、その後も長くお付き合いすることが多いです

── ところで、2022年の8月から松実高等学園の顧問に就任されたそうですね。こちらはどのような学校ですか?

 

丸岡さん:松実高等学園は埼玉県にある通信制の学校です。ここでは、さまざまな理由で学校に通えない、不登校の子どもたちが通っています。

 

── オファーが来たときは、どう思いましたか?

 

丸岡さん: 「なぜ私が?」とびっくりしました。学校の方にお話を伺ってみると、理事長や学園の先生たちが著書『仕事休んでうつ地獄に行ってきた』など私の著書を読んでくださっていたとのこと。

 

また、今までひきこもりの子どもについて取材を重ねた経験や、37歳で早稲田大学の大学院で教育心理を学んだこと。そして私自身のうつ経験。学校では、心に傷を負った子どもや、家族関係に悩む子どもたちについても私の経験も含めて話してほしいとのことでした。

 

お話を聞いて「こんな私でよければやらせてください」という気持ちに自然となりました。

 

── 松実高等学校でやってみたいことありますか?

 

丸岡さん:いろいろ学園からアイデアをいただいています。子どもへのアプローチはもちろん、保護者の方にも関わっていきたいですね。保護者で悩んでいる方はとても多くて。子どもがどのように社会に出ていったらいいのか、保護者や地域の方にも講演などやってみたいです。

 

また、もし心の病気になったとしても、そこで人生終わりというわけではない。そこから復活することも大いにあります。

 

私自身もうつ病で「このまま一生眠れない、食事もできないんじゃないか」と思うほどつらい時期もありましたが、今は元気です。当時の自分の気持ち、家族に支えられて嬉しかったこと、助かったこと、そして辛いときはどういう心もちでいたらいいかなど、お伝えできたらいいなと思っています。