受援力で仕事と子どものケアを両立

── 仕事との両立は、どのようにしていましたか? 

 

吉田さん:
忙しい職場にいたので、年休や時間休、直行直帰を使い倒し、周囲に予定を調整してもらったり、ときには私の両親に来てもらったりしながら、どうにか乗り切りました。両親には毎日のように電話で私の話を聞いてもらい、精神的にも支えられました。

 

娘が自宅で一人きりの時間に希死念慮が起きることが心配だったので、なるべく早く帰るように調整をしたり、娘が起きたころに電話をかけたり、置き手紙をしたりしていました。

 

数回、職場や出張に娘を連れていきましたが、後から考えると、これが本人にいい影響を与えたようです。家庭以外の大人とのつながりにも発展しました。

 

── 仕事をやめようとは思いませんでしたか? 

 

吉田さん:
思いませんでした。仕事が好きだし、家庭とは別のところで必要とされる職場は私にとって大切な場所。

 

そのことがわかっていたので、何とか仕事を続けられつつ、できる限り子どものそばにいる時間を取れるよう、周囲にうまく頼ることに心を砕きました。

 

── 遠慮して娘の不登校を周囲に話せずにいたのとは違う一面ですね。 

 

吉田さん:
確かにそうですね!

 

人間関係はどんなものよりも大切な財産で、健康に良い影響を与えるということが様々な研究で証明されています。

 

私は、同じような不登校児を抱えるママ友が見つからなかったとき、心細く、惨めな気持ちになりました。

 

でも、同僚や友人など、思い切って相談したら、この人に話してみるといいよと紹介してくれる人もいて。結局、長女が直接何かお世話になることはなくても、親である自分のために考えてくれる人がいるという人間関係が心の支えになりました。

 

最初は、気の置けない友人が減ってしまったように感じたこともありましたが、ローカルな子育て仲間だけでなく、枠を取り払って、幅広く子育て仲間を探したことが結果的には良かったと思っています。

 

自分が勇気を出して弱みをさらけ出し、SOSを出すことでつながりができる。

 

それまで子育てには、周りのサポートを快く受け入れる「受援力」が大切と思っていましたが、この経験で改めて「受援力」とは人とのご縁を運ぶ「受縁力」でもあるんだなと身をもって感じました。

 

SOSを出すこともできないほど必死で、疲れ切っていたときは、頼ることすら苦痛でしたが、思い切って自分の困りごとや情けなさを吐露してみてやっと、これも悪いことではないなと気づくことができました。

保護者は心の健康が第一

── 現在進行形で子どもの不登校に悩む保護者に、アドバイスをお願いします。

 

吉田さん:
私は今まで児童福祉や母子保健の重要性を学び、医師として不登校児の保護者に寄り添ってきたつもりでした。でも自分が当事者になって初めて、保護者のヒリヒリした本当の気持ちが理解できたように感じています。

 

いつ登校できるようになるかわからない不登校は、終わりが見えず、つらいもの。だからこそそのつらさに飲み込まれない工夫が必要だと思います。

 

まずは、親の心の健康のために、誰かに話を聞いてもらうことが一番手っ取り早いかもしれません。

 

周囲に打ち明けづらければ、プロの専門家によるLINEの無料子育て相談窓口を設けている自治体もあります。知人は、東京都福祉保健局のLINE相談「子ゴコロ・親ゴコロ相談@東京」に助けられた、と話していました。私自身の開催する「子育て相談所」にも、不登校児の保護者が数多く参加しています。

 

自分自身の心を自分でケアする習慣を持つのも大切です。最近、娘から「自分を責めないでほしかった」「お母さんにもっと楽しんでいてほしかった」と言われたのですが、事実、子どもを受け止めるためには、保護者が自分の好きなことをしてリフレッシュし、心の余裕を持つことが大事なんです。

 

子どもと適度な距離を持ち、自分の人生を楽しむ──これは、なかなか難しいかもしれません。

 

例えば、ドラマや映画を観たり、音楽を聴いたり、筋トレやストレッチをしたり。みなさんも多忙だと思いますが、ぜひ短時間でもできる気分転換を日常に取り入れてみてください。

 

他にも、子どもが生まれたばかりのときを思い出すのもおすすめ。

 

あのときは、生まれてきてくれたことがそれだけでうれしく、ひたすら「健康に育ってほしい」と思ったはずです。

 

簡単ではありませんが、ありのままの子どもを受け入れ、愛おしむ、親としての原点を大切にしたいものです。

 

PROFILE 吉田穂波さん

医師、医学博士、公衆衛生学修士、神奈川県立保健福祉大学大学院教授。六児の母。博士号取得後、ドイツ、イギリスで産婦人科、総合診療の分野で臨床研修を経験。08年、ハーバード公衆衛生大学院卒業。著書に『「頼る」スキルの磨き方』(KADOKAWA)など。

 

取材・文/有馬ゆえ ※本文内画像はイメージです

参考/令和2年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」|文部科学省