世間のイメージと自分との間にギャップが…
── 国連の活動は、女優の仕事と通じるところはありますか?
紺野さん:
どんな仕事もそうですが、求められる役割というものがありますからね。
“堂々としている”とか“笑顔でいる”というのは、女優としての仕事が役に立っていると思います。
ただ、世間が抱くこうあるべきというイメージと、本来の自分との間にギャップを感じ苦しんだことはありましたね。
── 30代後半から40代にかけての時期に体調を崩しかけたとか。
紺野さん:
国連の親善大使になったのが40歳前で、慣れない舞台の仕事が増えた時期でもあり、テレビ局員だった夫も多忙、息子もまだ小学生だったので、大変でした。
夕ご飯までには極力帰るようにしていたので、現場を大急ぎで出て、スーパーに寄り、冷凍のハンバーグを解凍して、次の日のお弁当も考えなくてはいけないと…。
だから海外訪問などで家を何日も空けるときは、息子のことはとても心配で…今は見向きもされないですけどね(笑)!
そんな両立が大変で、すべてを背負い込んでしまい、当時は人前に出るのが怖くなる軽いパニック障がいにもなりました。
── 大変な時期でしたね。どう克服しましたか?
紺野さん:
家族の協力ですね。当時は母も元気で妹も近所に住んでいたので、面倒をみてくれました。
夫も息子の夏休みに合わせて休みをとってくれ、私が長く家を空けるときは、アウトドアに連れていってくれたりと。
ただ、30代〜40代の間は女性も男性も仕事にプライベートに、誰もがいちばん忙しい時期ですよね。
無理をしなくてはいけないこともありますが、無理をしすぎてしまうと、50代や60代になって体が悲鳴をあげることを私はよく知っています。
だから、少し中断して、止めてもいいから、心と体を大事にしてもらいたいですね。
私の場合は、“お酒を飲んで早めに寝る”ですかね(笑)。翌朝、早く起きて、動き出すことにしています。
PROFILE 紺野 美沙子さん
1960年、東京都生まれ。慶応大卒。在学中にNHK連続テレビ小説『虹を織る』のヒロインに。映画や舞台など出演多数。国連開発計画親善大使。「朗読座」主宰。横綱審議委員会委員。
取材・文/CHANTO WEB NEWS 写真提供/(有)グリーンオフィス