漫画家として行き詰まり…「子ども」をネタに描くことを決意

── 結婚前は、ご実家暮らしだったのですか?

 

渡辺さん:

そうです。仕事が立ち行かなくなって家賃を払えなくなったことがあり、それをきっかけに実家に戻っていました。

 

その頃は、漫画家としての月収は10万に届くか届かないか…くらいの状態が続いていました。自分の描きたいものがなかなか認められなかったことと、業界の不況を一気に食らってしまって。

 

── 漫画業界のそういった実態は、世間では知られていないかもしれません…。

 

渡辺さん:

そうですね。僕だけではなく、漫画家はみんな大変だと思います。やっぱり今は娯楽に求めるものが変わってきていますから。面白いだけじゃ食えないなというのが実感です。

 

── そんな状況のなか、アユさんとのエピソードをなぜ漫画にしようと?

 

渡辺さん:

妻に勧められたのがきっかけです。当時は、編集部にどんな企画を持って行っても通らなくて行き詰まっていて。最初は「試しに1回描いてみようかな」くらいの気持ちでした。

渡辺電機(株)さんの漫画の一コマ
大好きな『ランチパック』のお弁当、喜んでくれていると思ったら…アユさんの本心は違ったよう

── 読んでいて温かい気持ちになるエピソードが多くて。個人的には、3話の学童のお弁当に『ランチパック』を持たせるシーンが印象的でした(笑)。


渡辺さん:

妻から「ランチパックを食べればアユは喜ぶ」と聞いたんですよ。それなら味が違うのを順番に持たせればいいやって思って。

 

でも、毎日それでいいってわけじゃなかったんですよね…。僕だったら毎日ランチパックでも全然かまわないんだけどなぁ(笑)。他の子がどんな弁当を持ってくるかとか、そういうことにも僕の考えが及ばなかった。配慮がたりず失敗しては、少しずつ学んでいきました。

 

── 作中では、お弁当作りに挑戦するシーンもありましたが、実際にはどのようなお弁当を?

 

渡辺さん:

スーパーで売っている総菜や冷凍食品を組み合わせて、弁当箱に詰めました。みかんの缶詰入れたりとか。漫画ほどひどくはないですよ(笑)。形から入るタイプなんで、ちゃんとした弁当を作ろうと頑張りました。

 

── 『父子家庭はじめました』という作品は、どんな気持ちで描いていましたか?

 

渡辺さん:

実のところ、子どものことを描いてお金にすることにはだいぶ抵抗がありました。だから当初はそれほど積極的ではなかったんですが、描けばそこそこ人気が出るだろうというのは感じていたんです。

 

ちょっと心配だったんですが、やっぱりアユとの出来事を描いていると、漫画で上書きされてしまう部分がある。リアルの思い出が思い出せなくなっちゃうんですよ。でも、自分が死んだ後のことを考えたら、「いいものを残せているのかな」という気はします。

 

── そんな…大丈夫です、まだまだいけますよ! 作品について、奥さまは何と?


渡辺さん:

奥さんは漫画化に積極的なので、「早く、2人目や3人目も漫画に出してよ」と言っています。そのあたりをどうするかは、考え中です。

 

PROFILE 渡辺電機(株)さん

1962年生まれ。明治大学在学中より成人向け漫画や、石ノ森章太郎のアシスタントを経験。平成元年より現在のペンネームにて、ゲーム誌や少年誌、青年誌などで幅広く活動。今年4月には、「note」での連載をまとめた書籍『父娘ぐらし〜55歳独身マンガ家が8歳の娘の父親になる話』(KADOKAWA)が発売。

渡辺電機(株)著『父娘ぐらし』書影

取材・文/池守りぜね