前回の記事では、TBSの人気クイズ番組「東大王」で“大将”として東大生チームを率いる水上颯さんが、自分の身の回りに広がる世界に興味を持ち、自らその“解像度”を高めるために学んできた話を中心にお伝えしました。【後編】では、わが子に「水上さんのようにいろいろなことに興味を持ってもらいたい」「もっと勉強する子になってもらいたい」と願う親の立場でアドバイスをいただきました。
自ら学ぶ子に育てるには?
―――私たち親の立場からすると「子どもには世の中のいろんなことに興味関心を持ち、自ら学んで欲しい」と思ってしまいますが、勉強が嫌い・苦手という子も。水上さんのように育てるには、親としては、わが子にどんな働きかけをしたらいいんでしょうか?
水上さん:
人に「勉強しろ」って言われて勉強したくなる子どもって、たぶん100の中に1人もいないと思うんです。これは僕自身の経験ですが、子どもに勉強させるためには、勉強することによって世界が広がるっていうことをまずは認識させることが大切なのかなって。 子どもって水族館とか科学館、動物園といった類のところに行く機会がしばしばあると思うんですけど、そういうところに行くと、世界って記述できることもあり記述できないこともあり、わかっていることもありわかんないこともいっぱいある。そういったことに当然のことながら気づくと思うんです。 子どもの頃は、「将来、ノーベル賞を取りたい」とか、「サッカー選手や野球選手、宇宙飛行士になりたい」という夢を持っているものだと思うんですけど、その夢に向かって進むためには、やっぱり基本的な筋力としての勉強が必要だと思うし、そういった意味で勉強はやらなきゃいけない。それを親に言われるのではなく、自分の肌感覚として理解できるようになるかなって思うんですよね。 だから子どもに知らない世界を伝えること、いろんなところに連れて行って、いろんな世界を見せてあげることが、親の仕事なんじゃないかなって思いますね。
―――確かに、どの時点で気づくかは子ども次第だと思いますが、いろいろな世界を見せてあげて自分でやる気を出してもらえるのが理想ですね。でも、やる気はあっても勉強に向いていない、なかなか結果が出せない子もいると思うのですが…。
水上さん:
そうですね。僕は塾講師の経験があるのですが、勉強は嫌いじゃないけどできないって子はいます。ある種、真面目な子が多いような。ちゃんとやっているんですけど、暗記という力技に頼ってしまったり、解法ではなく答えだけ覚えてしまったりとやり方がずれているんですよね。例えば九九をまだちゃんと覚えていないのに、2桁のかけ算に挑戦しても、結果を出すのは難しい。あとは、丸覚えをしてつまずいている場合も多くて。英文法があまり覚えられていないのに、和文英訳を覚えようとするとか。例文の答えを5回くらい書いて暗記しても、ちょっと単語が変わると、全く解けなくなってしまうんです。 勉強で成果を出すには結局、解く時のメソッドが大切なんです。同じような問題をちゃんと解けるようになるには、自分がその問題のどの部分がわからなくて、どこを解決すべきなのか…メソッドを考える必要があります。 もし親御さんが勉強を見てあげるのであれば、できることは答えを教えることじゃなくて、どうやって答えに辿り着けるかを考え、誘導してあげることなんじゃないでしょうか。「魚を釣るんじゃなくて、魚の釣り方を覚えさせてあげる」って言い方をよくするんですが、それが大切だと思うんですよね。
―――それが理想なんですけどね。子どもがいつまでも答えられないとついイライラしちゃったり…なかなか根気が続かないこともありまして。
水上さん: 親って教育のスペシャリストでは決してないと思いますから、「なんでできないのかな」ってモヤモヤすることも当然あると思います。なので、ある程度は割り切って、塾とか家庭教師のようなプロに頼ってもいいんじゃないですかね。 「CHANTO」の読者の皆さんは子育てや教育に熱心な方だと思うんですけど、それってお子さんにとっては非常に素晴らしいことだと思うんです。子育てって十人十色だと思いますけど、先立の知恵とかそういったものを生かして子育てするっていうのは大切なこと。僕自身は親にとっては3人目の子どもだったこともあってか、放任主義で育てられましたが、子どもを導くことは親の大切な仕事の1つなのかなって思います。
東大王・水上さんの親との関係性
―――水上さんは、親御さんにうまく導いてもらったという経験はありますか?
水上さん:
高校受験の時、親に「東京の高校に行ってみないか」って言われて。確かに考えてなかったなと思って、開成高校を受けてみたんです。腕試しみたいな受験だったんですけど、運よく受かりまして。でも、山梨では親の転勤とかがない限り、地元の高校に進む人がほとんどだったし、友達と別れたくないっていう気持ちもあったので、もともと受かっても行くつもりはなかったんです。 でもその時に親から、「東京で広い世界を見たり、レベルの高い学校に行った方がお前のためになる」って言われて。山梨県内の模試で1位をよくとっていたのを親が見ていたからかもしれないですけどね。その時、たかだか十数年しか生きていない自分よりも40年分くらい長く生きている親が言うんだから、その分の重みがそこにはあるんだろうなって思いまして、親の意見を信じることにしたんです。 子どもが道に迷った時に、どちらへ進むべきかを提案してあげるのは親だからできる役割だと思うんです。親が決めるだけでなく、選択肢の強弱を見せてあげる。この選択肢は子どもにとってメリットが大きい、この選択肢はデメリットが大きいけどこういうメリットもあるっていうようなプレゼンをしてあげると、親の判断力をもって子どもが自分で決めることができるわけですよね。それが親の仕事なのかなって。親にもなっていない分際で何言ってるんだって感じですけど、僕自身が育てられてみて受けた感想ですかね。
―――中学生でそういう判断ができること自体がすごいですね。その根底には、ご両親への尊敬の気持ちがあったからなんでしょうか。
水上さん:
15歳だったんですが、当時の自分はそれまでの自分の人生をとても長く感じていました。めちゃ頑張ったけど、まだ15年みたいな。でも親はその3倍も生きているのかって思いを巡らせると、親の凄みを感じたんですよね。 僕の両親は、生意気だった僕たちを育てながら地元で医者として働き続け、地域の人にも愛されている。自分が同じことを成し遂げる上での困難を考えると、尊敬しますよね。
―――いわゆる反抗期とかはなかったんですか?
水上さん:
反抗期は…なかったです、全然。ただ単に、呑気でマイペースっていう僕の性格もあると思うんですが、親にイライラしたりはしなかったですね。 僕は小6とか中1くらいから性格があまり変わっていないと自分では思っていて。大人になったところといえば、人当たりがちょっとよくなって、明るくなったことくらい。本質的な物の考え方とかは小学生くらいに完成されてしまったように思います。 それこそ、読書量によって、外付けHDDと言いますか、早くに人の考えを外付けしてしまったところもありまして。でも、人って大体、人の考えを拾い集めながら成長していくじゃないですか。僕はそれが人より早かっただけかなって。
人生の目標は「自然体で生きること」
―――反抗期がないなんて、親としてはありがたいですね。テレビなどで拝見していて、クイズに勝っても負けても相手のことを敬う姿勢みたいなものが感じられて、すごく謙虚な方だなと思っていたのですが、大人になるのが早かったことも影響しているんでしょうか。
水上さん:
僕、基本的に競争は嫌いなんですよ。相手のことを考えると相手をノックアウトするとか、あんまりそういうことをしたくないなって。できれば自分も相手も立てて生きていきたいなっていうのがありまして。 人に負けることは嫌いなんですけど、人に勝つことがそんなに好きじゃないんですよね。自然体で生きることが人生自体の目標なんです。
―――東大生チームのリーダーとしてメンバーに声をかけたりする場面も見られますが、意識的に盛り上げようと努力されてるんですか?
水上さん:
僕は、基本的に心にもないようなことは言わないので、いい働きをしたら「グッジョブ」だし、これはしょうがないなって思ったら「ドンマイ」だし、逆に手ひどいミスをしたら「次から気をつけてね」ですよね。 人からかけられた言葉って、かけた方は「大したこと言っていない」と思っているようなことでも相手の心には残りやすいので、なるべくポジティブな言葉を残せればと。あとは、つまらないこととか冗談を言って滑ったりして、人を楽しませることもいいなって考えている部分はありますね。やっぱり自分の周りの人には幸せでいて欲しいんで。声かけとかあんまり得意じゃないですけど、ある程度は意識的にやっています。 結局、言葉に出さないと物事って伝わらないので、いいことがあったら褒めますよね。昔は人間嫌いなところもあったんですけど(笑)、世界には70億人の人間がいますからね、人間好きだと70億人分、いろんな考えに触れたり、楽しいこともあるから得するなと思いまして。できれば世界の幸福度をあげていきたいですからね。
印象的な親の言葉
―――親御さんに言ってもらったことやしてもらったことで印象的だったことはありますか?
水上さん:
小学校低学年くらいの時に「カブトムシが欲しい」って言ったら、買いに行くとかではなくて、父が夜中に車を走らせてクヌギの木を見つけに連れて行ってくれたのを覚えています。山梨には山がいっぱいありますからね。 あとは「(小説家の)宗田理の本がおもしろい」って言ったら、自宅の本棚の“宗田理コーナー”がどんどん増えていくんですよ。古書店とかで探さないといけないような絶版本も結構あったんですけど、父が自分の本を買うついでにいつも買ってきてくれて、「これ持ってなかったよな?」って。それはちょっといい思い出ですね。父親はできることはやってやるって感じでしたね。 母親はいろいろ選択肢を与えてくれました。「英会話をやってみたい」って言ったら英会話教室に連れて行ってくれたり、東京に来る時も住むところなどを整えてくれたり。 基本はあんまり怒られなかったですね。ただ、ゲームはあまりやるなって言われました。母親的には目が悪くなるのが一番心配だったらしくて。でも、布団に隠れてこっそりやってましたね。バレてたとは思いますけど、あんまりうるさくは言われなかった。ダメなことはダメって言ってくれましたけど、結構のどかでしたね。やっぱり怒られると改善する以前に「嫌だ」って記憶として残るので、そこはある程度冷静に言ってくれた方がストンと腑に落ちやすい部分はありました。
―――ご両親はやりたいことや興味があることを応援してくれたんですね。
水上さん:
そうですね。今も応援してくれていて、自分では自分が出演したテレビはあまり好んでは見ないんですけど、親はめちゃくちゃ見てますね。今までの全部録画されてます。5秒くらいしか出ていない番組も。自分が出ているものは雑誌とかも含めてコンプリートされてます(笑)。まあそれも愛されてるってことですから嬉しいことですけどね。
―――今後は、やはりお医者さんになるんですか?
水上さん: そうですね、将来は医者になろうと思っています。ただ、働き方も今は色々あって、どういう働き方を一生の職にしようかって決めかねている部分もあります。どのメジャーに進むかすら決めかねてますから。 今6年生なんですけど、卒業して2年で研修医が終了し、そのあとは後期研修医になる。そうするとだいたいどこの科に入るかが決まるんです。30歳くらいまではずっと下積みですね。 テレビはとりあえず学生のうちですかね。しばらくしたらまた意思が変わるかもしれませんけど。
親御さんの愛情をいっぱい受けて育った水上さん。親として大切なことをたくさん教えていただきました。貴重なお話、ありがとうございました!
次回「東大王・水上颯さんの挑戦状!プレゼント付き親子クイズにチャレンジ」では、水上さんに考えていただいたクイズを出題します。正解者には抽選でサイン付きのプレゼントを差し上げますので、ぜひチャレンジしてみてください!
PROFILE 水上颯(みずかみ・そう)
1995年山梨県生まれ。私立開成高等学校卒業、現在東京大学医学部6年生。高校時代には第32回全国高等学校クイズ選手権に出場し優勝。公益財団法人孫正義育英財団の財団生(平成29年度以降)にも選ばれており、その「異能」は孫正義も認める逸材。TBS「東大王」にて東大王チームとしてレギュラー出演中。
取材・文/田川志乃 撮影/masacova!