犬山紙子さん

平成29年度の全国児童相談所における児童虐待相談対応件数は13万3778件(速報値)にものぼり、過去最多と公表されました。今年に入っても、私たちにとっては他人事とは思えない痛ましいニュースは止まることなく駆け巡り、それを目にするたびに、胸の奥の方がきゅーっと締め付けられてしまいます。「もし私がその立場だったら…」。 今、世の中の親子にどんな問題が生じているのか。課題を解決するために私たちにできることはあるのか。児童虐待の現状について認識を深めるために、まずは月刊誌『CHANTO』でも連載を持つ犬山紙子さんにお話を伺いに行きました。 2018年6月から「#こどものいのちはこどものもの」として、児童虐待の被害をなくす活動をしている犬山さん。ひとりの子を持つ親として、どんな思いでこの問題に取り組んでいるのでしょうか。

辛い。自分一人では何も変えられない…
溜まってた心の叫びが、コップから溢れた


「#こどものいのちはこどものもの」をSNSで拡散し、社会に問題提起をし続けていますが、どうして犬山さんが矢面に立ってこの活動を起こそうと思ったんでしょうか?親として、悲痛な気持ちになるのはもちろんですが、ここまでの行動を後押したのはなんだったんですか?

 

犬山さん:

虐待のニュースを耳にするたびに、辛すぎて。 だけど「なるべく考えないようにしたい」という気持ちと、「私一人が何か言ったって何か動いたって何も変えられない」という気持ちが入り混じって、モヤモヤと自分の中で消化しきれずに、正直、それまでいました。 きっかけとなったのは、2018年に目黒区で5歳の女の子が虐待を受けてなくなってしまった事件でした。

 

きょうよりか あしたは もっとできるようにするから、おねがいゆるして、ゆるしてください」などとひらがなで書いたノートが見つかり、私もニュースを見て胸が痛みました。その後も、ずっと頭の片隅に残っています…。

 

犬山さん:

あれはもう、ほんとにたくさんの方が怒って、泣いた事件ですよね。 その事件について私はテレビでコメントをし、普段通りに帰宅したのですが、やっぱりモヤモヤした気持ちが収まらなくて。スマホを見ると、ツイッター上には同じように悲痛な気持ちや怒りを抱えた人のメッセージがたくさん届いていました。それを一つ一つ読んでいると「もうなんか、今動かないと無理!」という気持ちになって。 「私には何も変えられない」って勝手に思ってるけど、実際テレビでコメントをしている。ツイッターでつぶやくこともできる。だとしたら、何かできることはあるんじゃないかなと思えたんです。じゃあ、みんなの怒りや悲しみの意見をハッシュタグでまとめて行政に渡してみよう、と。それなら、私にもできるのかもしれない、と。それがこの活動のきっかけです。

 

児童虐待について語る犬山紙子さん

 

ニュースに胸を痛め、何かしたい気持ちはあるのに「私には何も変えられない」。それって、本当にみんな思っていることかもしれないです。すごくもどかしいですよね…。声をあげることに迷いはありませんでしたか?

 

犬山さん:

ありませんでした。今まで何もできないと思っていたけど、テレビでのコメントを受けて、こんなにもメッセージをくれる人がいる。じゃあ、それをまとめようと。 児童虐待を防止する活動するってなると、「そいつはどんだけいいやつなんだ」っていう意見があるかもしれないとは頭を過ぎりました。でも、全然そんなことないんですよ。私はダラダラしてるし、結構イヤなことを考えることだってありますし(笑)。発展途上の部分もたくさんある。でも、人間なんて、みんなそんなもんじゃないですか。発展途上でもアクションおこしていいよね、ってことを伝えたかった。 周りの友人に声をかけたら、すぐに賛同の返事をいただきました。眞鍋かをりさん、福田萌さん、坂本美雨さん、ファンタジスタさくらださん。ほんとに、秒速で。最近は、草野絵美さんも加わりました。 たまたま私が声をあげただけで、同じくらいの熱量のかたはたくさんいるはずです。

 

当時、ニュースやSNSで取り上げられて話題になったことを覚えています。犬山さんが子どもの虐待に対して活動を始められたことは知っていましたが、実際には始めた活動はどんなものだったのでしょうか。

 

犬山さん:

まずは先の虐待事件に関する声をSNSで集めようと、「#こどものいのちはこどものもの」というハッシュタグを拡散しました。それを集約して「こんなに児童虐待に対して憤っている人がいる」と、牧原厚労省副大臣(当時)にお渡ししました。 牧原さんは真剣に話を聞いてくださって、私たちが持っていった問題点に対して、具体的な対策を語ってくださいました。

 

いきなり厚労省の副大臣に直訴とは…その行動力はすごいものですね。牧原さんに話をもちかけたことで、実際に何か改善された事例などはあるのでしょうか。

 

犬山さん:

牧原厚労省副大臣は、ハッシュタグで集まった要望や話について「こうやって改善していく」といったように具体的な案を説明してくださいまし

た。それも一つの後押しとなれていたらうれしいですが、今年、

児童虐待防止対策が改正されました。 体罰禁止について法定化されたり、DVの子どもへの影響の早期発見・早期介入に向けて 関係機関への被害の通報を促す動きが活発になるなど、これまでずっと叫ばれてきたけれど動いていなかった案件や事案が、少しずつ改正されていっているというのは、目に見えて感じます。 でも、全然これで十分ではないんですよ。むしろまだまだ足りないし、法律が変わったところでじゃあ人員どうするのとか、問題は山積み。ですが、まず動き出すことがすごく大事なこと。みんなが声をあげるということが、すごくチカラになっていることを実感しています。

 

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厚労省副大臣を訪問する以外にも、犬山さんはじめメンバーそれぞれが活動の一環としていろいろな場所を訪問されたり、取材されたりしていますよね。その上で発足されている「こどもギフト」について教えてください。

 

犬山さん:

こどもギフト

」は、社会的養護が必要なこどもたちを支える団体や施設に対して、クラウドファンディング経由での寄付を行うプロジェクトです。 「#こどものいのちはこどものもの」の活動の一環で施設や専門家にお話を伺う中で見えてきたのが、現場にお金が足りていない現状です。とても尊い行動をされているのにかかわらず、資金不足という状況を目の当たりにしました。 その一方で、私たちは「何かしたいけど何をしていいのかわからない」と思っている人たちを、たくさん知っている。じゃあ、双方をつなげるパイプ役をしよう、と、クラウドファンディングを立ち上げ、施設への寄付を募りました。

 

「こどもギフト」は、児童虐待を未然に防ぐような活動をされている団体に支援をする活動ということですね。これまで、どんな団体に寄付をされたのですか?

 

犬山さん:

児童養護施設「おさひめチャイルドキャンプ」「星美ホーム」、自立支援ホーム「みんなのいえ」、虐待してしまった親の回復プログラムをやっている団体「認定NPO法人Living in Peace」、育てられず悩む女性や妊婦を24時間救える「いのちのドア」。また「日本フィルハーモニー交響楽団」への寄付を通じて、ひとり親のご家庭にチケットを届け、オーケストラを聞いて豊かな時間を過ごしリラックスしてもらうような活動などもしました。

 

そういった活動をしている団体があることは、普段の生活ではなかなか知る機会がなかったりもします。「こどもギフト」のクラウドファンディング活動を通じて、そういった団体があることを知る機会にもなりそうですね。

 

犬山さん:

企業や民間のかたが「こういう施設があるんだな」ということをまず知って、「寄付する流れを作る」というのが、一番の目的です。6つの施設に寄付をしたから終わりというワケではありません。おかげさまで第1弾が成功したので、今後は、年1〜2のペースで、第2弾、第3弾……と、どんどん続けていきたいと思っています。

ママ「だから」じゃない、ママ「じゃなくても」。
児童虐待は大人全員の問題だ


犬山さんご自身も、2歳の女の子のママとして子育て真っ最中でいらっしゃいますよね。ママになる前と今とで、児童虐待のニュースに対する感じ方に変化はありましたか?

 

犬山さん:

問題意識を持つという観点では、子どもがいるかいないかは、全然関係ないと思います。どっちかっていうと、あれは、大人として子どもを守れなかったという自分の不甲斐なさみたいなものに傷ついているので。だから、子どもがいようがいまいが、子どもって大人全員が守らなきゃいけないものなんだと思うんです。だって子どもは、自分で身を守ることができないから。

 

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ただ、自分が親になってひとつ実感としては「うちの子が、もしそんな目にあったら…」という、ぞわっとした気持ちになることはありますね。でも、親だけの問題ではない。大人全員が考えるべき問題だと、私は思います。



大変な子育てに日々追われているとどうしても余裕がなくなってしまい、こういったニュースに対して「人ごとじゃない」というママの意見も聞かれますよね…。

 

犬山さん:

はい、そういう意見も実はたくさんいただきました。児童虐待を無くしたいのは、子どもを守りたいっていうのもそうなんですけど、母親を守ることも大切だと思うんです。なんでそんなことが起こるのかと考えてみると、いまだに社会では日本の昔ながらの「男尊女卑」が根強く残っていたりするジェンダーロールにも要因があるのでは、と。「子どもは母親がみるべき」という概念で苦しんでいる母親がたくさんいるのかな…と思うんです。実際にそうやって母親をとりまく環境が孤立していたり、ワンオペで本当に大変で切羽詰まっていたり。そういう環境さえ整えれば、実はこのお母さん、虐待しなかったのでは?というケースも、多いのかと思うんです。

こういった虐待事件を未然に防ぐには、母親を取り巻く環境を整えたり、母親自身に対するケアがとても重要になってくるということでしょうか。

 

犬山さん:

「産後うつ」というものがあるくらい、いまの日本で母親が抱える重荷ってとてつもないものだとは思うんです。でも、諦めてしまっている人も多いですよね。「私、母親だから、やらなきゃいけないし」「夫は、言っても分かってくれないし」と。それは、社会がそうさせているという部分もあると思います。だから、そこを変えていけたらと思うんです。なので、子どもだけでなくて、お母さんのケアになるような団体への寄付活動も引き続き行いたいと思っています。

 

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「#こどものいのちはこどものもの」ハッシュタグでの発信のとりまとめをして行政へ要望を出すことや、クラウドファンディングで支援を届けるプログラム「

こどもギフト

」を通じて団体への寄付にて、児童虐待をなくす活動を続ける犬山さん。後編「

犬山紙子さん「孤独が虐待を生む一因に」母親を孤立させない社会を

」では、児童虐待をなくすにあたり、私たちが普段の生活で何かできることがあるのか?について聞きました。

 

取材・文/松崎愛香 撮影/斉藤純平