働く女性は増えましたが、出産を機に「子どものために仕事を控えたほうがいいのでは…」と悩む女性は今も決して少なくありません。
これについて「仕事は手放さないで」と話すのが、昭和女子大学理事長・総長であり、ベストセラー『女性の品格』著者としても知られる坂東眞理子さんです。
「明るい話ではないけれど」と坂東さんが話してくれたことは、私たちへのエールでした。
女性も働かなくては成り立たない社会に
── 育児をしながら働くことに疲弊している女性は少なくありません。特に、パートナーに安定的な収入があると「育児期間中は、仕事を辞めてもなんとかやっていけるのでは」と考えがちです。
坂東さん:
最初から厳しいことを言うようで申し訳ないけれど、「パートナーに安定的な収入があるからなんとかなる」というのは、現実を知らない甘い考えだと思います。
そもそも令和に生きる皆さんは、親世代と社会状況が違います。「専業主婦だった母親にしてもらったような育児を、自分もしてあげたい」と悩むのかもしれないけれど、今は、女性が仕事を辞めてしまうと、経済的にも家庭的にも人間的にも、どうにもならない社会になっていることをまず知って欲しいです。
── 具体的にどういうことでしょう。
坂東さん:
まず経済面からお話ししますね。
昭和の男性正規雇用は、給与が年齢とともに自動的に上がっていきました。一人で家族を養うだけの給与がもらえたので、子どもの学費は払えたし、住宅ローンも返せました。
だから、正規雇用の配偶者を持つ女性は、専業主婦、あるいはパート勤務でなんとかなったのです。
── かつて坂東さんは、総理府(現・内閣府)の『婦人白書』で女性の就労が子育て期にぐっと減る「M字カーブ」を指摘しましたね。
坂東さん:
女性の年齢を横軸、就業率を縦軸にグラフ化すると、30代の中央部分がぐっと下がってM字になるんです。
かつて女性は、子育て期にいったん仕事から離れ、子育てが落ち着いてからパートなどで労働市場に戻ってくるというのが一般的でした。
でも、これでやっていけたのは昭和まで。平成の30年間、海外の世帯年収は上昇しましたが、日本の世帯年収は増えていません。むしろ減っています。
対して生活費は上がっていますよね。これは、夫一人だけの稼ぎでは、十分な暮らしができないということ。
子どもが小さいうちは「なんとかなる」と思うかもしれませんが、成長すればかかるお金は増えていきます。進学するにつれ、学費もかかるようになりますよ。
── 「家庭的にもどうにもならない」の意味も教えていただけますか。
坂東さん:
夫婦のあり方も昭和とは変わっています。いちばん大きな変化は、離婚率の上昇。今は3組に1組以上が離婚する時代になりました。
それに伴い、離婚した女性の貧困が社会問題になっています。子どもがいる夫婦が離婚した際、女性のほとんどが年収200万円以下という状態で子どもを引き取っている。離婚した女性の貧困は子どもの貧困にも直結しています。
養ってくれるはずの夫と離婚する可能性があるということ。夫が働きすぎで心や体を病んだり 、職場でうまくいかなくなって辞めてしまう可能性もありますよね。寿命が延びて人生が長くなっていることも重要です。
能力を社会のために使わない女性たち
── 経済的なことや家族のあり方の変化を考えると、やはり仕事を手放すのは得策ではないのですね。
坂東さん:
そこから目を背けて、専業主婦ライフを夢見ている女性が本当に多い。令和の女子学生ですらそう。明るい話ではないけれど 、大事なことなので伝えていきたいですね。
人間の存在意義という点でも、仕事を続けることはおすすめしたいんです。
日本の女性たちは、世界的に見ても平和な社会できちんとした教育を受け、健康で長寿、つまり非常に高いポテンシャルを持っています。
でも、せっかくのその能力を、発揮できていない。「社会のために」「困っている人のために」ということをほとんど意識することなく、半径5m以内のささやかな幸せを追い求める姿が目立ちます。
もちろん足元の生活を大切にすることは素敵なことです。ただし、子どもや家庭だけが生きがいになってしまうことには気をつけてください。子どもの自立を阻むことになりかねませんし、自分自身も子どもの独立後に不調をきたす「空の巣症候群」などに陥る可能性があります。
── 人生百年時代、子どもから手が離れてからの人生のほうが長いので、それも含めてどうするか考えないといけませんね。
坂東さん:
これからは、目の前のことだけではなく、自分の人生を思い描きながら、仕事にどう取り組むかを考えるべき。
これは男性にも言えることです。
「夫は外で稼ぎ、妻は家庭を守る」というイメージは根強いですが、男女に関わらず意識して視野を広げていけるといいですね。
あなたたちは社会を変えていける存在
── 女性が働き続けるには、「夫婦で同じように仕事をし、同じように家事育児もする」ことが必要になるかと思います。
坂東さん:
本当に、そのようにシフトしていくべきです。家事育児をする男性は増えましたが、まだまだ女性の負担は大きいですよね。
欧米は一歩先を行っていて、男性が家事育児をするのが当たり前になってきています。
ただ、最初からそうだったわけではありません。女性たちが声を上げてきたからこそ、男性が変わったのです 。
日本の夫婦のあり方がこの30年変わらなかったのは、私たち世代の責任が大きいでしょうね。
── どういうことですか。
坂東さん:
私が20〜40代だった当時は「妻が働くのを許す夫はエライ」という風潮でした。働く女性の多くが「夫の仕事の邪魔にならないように働かなくては」という無意識の思い込みに縛られていました。
私自身も、夫に家事育児の分担は求めず、保育所と姉や母、近所の主婦の方々の力を借りてなんとか乗り切ってしまったんですね。結果、男性への働きかけが弱いままきてしまった。若い人たちに本当に申し訳ないと思います。
── 坂東さんたちが尽力してくださったおかげで、日本の育休制度そのものは国際的にみても充実しています。ただその一方で、意識の部分が追いついていない現状もあります。夫に家庭での役割分担を求めたり、職場で育休や時短の権利を主張していくにはどうしたらいいでしょう。
坂東さん:
日本はまだ過渡期ですから、家庭や職場によって理解や許容度が違いますよね。
子どもを持つ女性が働くということが当たり前になっていないから、いろいろな摩擦が生じています。若い女性さえも無意識の思い込みに縛られて「私が仕事を続けると職場や家族に迷惑をかけてしまう」と考えてしまう。
でも、自分が退職してしまうと、次に続く女性、さらには自分の子ども世代が苦労します。これを読んでくださっている読者の一人ひとりが、先駆者であり、少しずつでも社会を変えていける存在であることを自覚してください。
いろいろな方法があると思いますが、私としては、「ほめる力で社会を変える」ことをおすすめしたいです。まず、夫や職場から。
「女性の権利の行使に謝罪やお礼は不要」という考え方もありますが、ほめたり、感謝することで周りの気持ちがやわらぎます。
「ありがとうございます」「助かった」の言葉があったほうが、夫も周りも気持ちよく協力できるし、自分もやりやすくなるし、後に続く女性のためにもなる。そうやって少しずつ周りを、そして社会を変えていけたらいいですね。
PROFILE 坂東眞理子さん
昭和女子大学理事長・総長。1946年富山県生まれ。東京大学卒業後、総理府(現・内閣府)入省。内閣広報室参事官、内閣府男女共同参画局長 などを務め退官。2007年から昭和女子大学学長 、16年から現職。著書に『女性の品格』『幸せな人生のつくり方』など。
取材・文/鷺島鈴香