女性に差別的に振る舞うことなく、対等に向き合う男性に成長してもらうために、男の子の保護者は子育てで何を心がけるべきでしょうか。
『これからの男の子たちへ』が11刷のロングセラーとなっている弁護士の太田啓子さんは「今の社会から性差別をなくすためには、男の子の子育てこそが大切」と主張します。
太田さんにお話を伺う全3回のインタビュー、第1回は社会に残り続ける性差別とそうした価値観から男の子たちを自由にするためにできることをお聞きします。
性差別はちょっとしたところに残り続けている
── 性差別の要因とも言えるジェンダー観の押しつけ。太田さんは男の子2人を育てる中で、どんな「男の子らしさの押しつけ」を感じてきましたか。
太田さん:
長男がごく小さいときからですね。親族に、結構露骨に「男の子を産んでくれて嬉しい」という趣旨のことを言う方がいて、世代的に家父長制を生きてきたんだなと想像はしつつもびっくりしたことがあります。子どもをあやすときに「さすが男の子ねー」「男の子は泣かないねー」という言葉かけをする人も祖父母世代にはいますよね。
── 今はそうしたことに気を配る祖父母も、増えてきているように思います。
太田さん:
今の時代、露骨な性差別は昔と比べると減ってはいます。地域や世代にもよるかもしれませんが、内心はどうあれ、「女に学問はいらん」というような露骨な性差別は、建前としては言いづらいことだという意識はかなり定着しているとは思います。
そういうわかりやすい性差別は減ったのですが、日常生活のちょっとしたところに、まだまだ差別的な感覚は残っている。マイクロアグレッションといわれるようなものですが、教育関係の場面では何かと感じますね。
── 具体的には?
太田さん:
第一志望校の受験に失敗したら、親族から「いいのよ、女の子はお勉強できなくても」という言い方で「慰められた」という女性の声を聞いたことがあります。
また、これは私自身の経験ですが、息子の小学校の授業参観に出席したとき、元気よく手を挙げた男子生徒が、いざ指されたら急にモジモジしてうまく答えられなかったことがありました。そのときに男性の先生が「Aくんどうしたの?君、コッチ系の人?」と頬に手の甲をあてる、いわゆる「オカマっぽい」仕草をしてその男子をからかったんです。とてもいい先生なんですが、誰もが無自覚にうっかり差別的なことをやっちゃうことがあるということなんですよね。
── 「男らしくない」言動を見せると、「オカマっぽい」と笑いのネタにされてしまう。大人のそうした振る舞いを見せると、子どもは「笑っていいことなんだ」と思ってしまいます。
太田さん:
つい最近、小学5年生の次男にもこんなことがありました。
新学期の彼のクラス名簿を見たら、ぱっと見て男女どちらかわからない名前があったんです。今は男女混合名簿ですしジェンダーニュートラルな名前も増えていますから、珍しいことではありません。
その名前が、私の知人女性と同じものだったので、「この子って男の子?女の子?」となんとなく聞いてみたら、次男はニヤッと笑って「おかめ」と答えたんです。「男だけど、女みたいな動きをする子なんだ」って。
つまり彼は、「オカマ」に近い表現として「おかめ」という言い方をしたんですね。その表現は次男の周囲だけで使われているものなのかはわかりませんが、そういう「いじり」は絶対にしちゃいけない、とその場ですぐに伝えました。次男は、真面目な顔でうなずいていました。
「どういうことを笑いのネタにしていいか」については、子どもが普段接しているコンテンツの影響も大きいでしょうね。
その笑いは誰かを傷つけていない?
── 確かに、マンガやアニメなどのコンテンツが与える影響は大きい気がします。
太田さん:
例えばですが、いわゆる「少年漫画誌」掲載の人気漫画は、内容は面白いと思うし売れるのはわかるのですが、女性キャラの造形でバストが極端に大きく描かれていたり、男性キャラが、「(女性キャラの)入浴シーンが覗けるかも!」と喜ぶシーンが「ギャグ」として挿入されるというようなことは気になります。
性暴力である「女風呂の覗き」を「ギャグ」として、一種のお約束のようにして子どもも含まれている読者に見せることについて、コンテンツ制作者はよく考えてほしいと思いますね。
もちろん、そういうコンテンツだけの影響で性暴力についての価値観が形成されるなどと言うつもりはないですが、「女風呂を覗く男子、というのは、ギャグとして笑っていいことなんだ」というメッセージを発してしまっているのは事実です。「そのギャグ、現状の社会で、笑えない人がいるよね」ということを真摯に考えてほしい。
「笑い」は要注意だなと最近ずっと気になっています。何を笑いのネタにするか、誰を笑うのか、それによって誰かを貶める笑いになってはいないか。そういうことに保護者は敏感になったほうがいいですね。
── 最近は作り手のジェンダー感覚が古いまま世に出され、炎上する広告やCMも少なくありません。そうした現象とも地続きのように感じます。
太田さん:
もちろん、本来は今社会のあちこちで重要な意思決定に関わっている大人の意識こそアップデートさせなくてはいけないのですが、時間と根気が必要で、その間にも子どもたちは成長していきます。そうなるとやはり、子どもたちにリテラシーを身につけてもらうよう次世代の教育により多くのエネルギーを使うのが現実的です。
「らしさ」の押しつけからは、女の子も男の子も自由であってほしいです。加えて、性差別構造が強い日本社会においては、女性が女性というだけで受ける様々な不利益、社会的抑圧を、男性は受けずに済んでいる現実がありますから、そのことを男の子たちは認識し、そういう不平等をなくすために、マジョリティ属性を持つ自分が何をできるか、という発想をもてるように育ってほしいと考えています。今の大人にそういう発想がまだ少ないから、性差別がなくなるスピードが遅いのだと私は思います。
性差別を子どもに理解してもらう伝え方
── 子どもの身の回りに、性差別的な価値観を与えてしまうものがないか敏感になったうえで、私たちはそのことをどう子どもに伝えていくのがいいでしょう。太田さんはどんな言葉で小学生の息子さんに伝えていますか。
太田さん:
まずは「あのさ、すごく大事なお話だから聞いてくれる?」とこちらの真剣な態度を伝えるようにしています。
先ほどの「おかめ」発言のときは、「男の子が女の子っぽいとされる動きをすることを揶揄したりいじったりする光景を、あなたは多分どこかで見て学んだのかもしれない。大人の社会でもそういうことを笑いにしているコンテンツが実際あるから。でも、それって本当ならば、笑いにしてはいけないことを笑いにしている、ということなんだよ」ということを正面から伝えました。
私が息子にそうしたことを伝える際に気をつけているのは、「ママはあなたに怒っているのではない」とまず理解してもらうこと。それから内容を噛み砕いて話すようにしています。
「そういう言葉が出てくるコンテンツを見たのかもしれないし、お友達の言葉の真似をしたということなのかもしれないね。そういうことに怒っているのではない。そうではなく、性差別や性暴力を面白いこと、笑えるギャグであるかのように表現する作り手の大人たちに問題があるとママは思って怒っている。何を問題だと言っているか、わかってほしいから説明するね」という具合です。
こういうことは本当にしょっちゅうなので、都度伝えるようにしていますね。
── 真剣に、責めずに、噛み砕いて、何度も伝えるんですね。
太田さん:
性差別は、それと自覚できないくらい日常にひそんでいますので、性差別的な社会構造やジェンダーバイアスも、1回の説明だけですんなり伝わるとは思えません。その子の年齢や性格を考慮しながら、伝わる言い方を模索していくしかない。
「以前はこう言っても響かなかったけど、成長したから次はこう言ってみようかな」と保護者もいろんな伝え方を試してみてください。私も現在進行形で試行錯誤をしている最中です。
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インタビュー第2回では、「ジェンダー過渡期である現代において夫やパートナーとどう向き合うか」について太田さんにお話をお聞きします。
PROFILE 太田啓子さん
取材・文/阿部花恵