誰もが知る北海道発祥の踊りを筑波大学で研究していた守屋俊甫さんは、SNSでその魅力や踊り方を発信してきました。
最近はさらに、DV(家庭内暴力)についても解説するようになり、妻と産まれたばかりの娘を連れ講演活動もしています。
一見、関係のなさそうなソーラン節とDVを守屋さんが“研究”して、訴え続ける理由を聞きました。
DVは言葉の知識がある程度だった
「僕は暴力とは無縁の世界に育ったので、妻と出会うまでDVについては言葉の知識として知っている程度でした」
そう話すのは、「モリモリ博士/4児のパパ(ワケあり)」のアカウント名で、ソーラン節YouTuberとして活躍する茨城県つくば市の守屋俊甫(しゅんすけ)さん(35)。
北海道出身の守屋さんは、筑波大学在学中の学園祭でソーラン節を踊ったところ、故郷の伝統民謡の魅力を再発見。
「年齢や国籍、障がいの有無にかかわらず、誰もが踊れる楽しさに気づき、ユニバーサルな踊りとして全世界に広めたいと考えるようになりました」
そんな思いが高じて筑波大学卒業後、社会人を経て、筑波大学大学院スポーツ医学研究室に所属。
『YOSAKOIソーラン実践者における健康関連指標の検討』と題した研究論文を執筆して、修士号を取得しました。
「フランス、南アフリカ、タイなどでもソーラン節(YOSAKOIソーランを含む)を披露し普及に務め、YouTubeの再生回数は合計750万回を超えるほどになりました。
現在、住んでいるつくば市でもソーラン節を通じてつながりが生まれ、YouTubeを見て指導や公演などの依頼も舞い込むようになりました」
さらには、パーソナルジムを経営する会社を立ち上げ、ピコ太郎さんのモノマネ芸人「ピ小太郎」としても活動しています。
祭のパフォーマンスに感激!
4年前、そんな守屋さんの祭でのパフォーマンスやソーラン節のソロステージを見て感激したのが、妻のツマツマさん(43)です。
前夫から、いわゆる身体的、精神的DVを受けていたというツマツマさんは、精神的支配と自身の実家の事情から誰にも相談できず、ドン底の日々を送っていました。
「私たちが出会ったのは、前夫のDVから逃れ、3人の子どもと一時的に入っていたシェルターから出所。つくば市で新たな生活を送り始めた3年目の夏でした。
当時は、DVのない生活でしたが、前夫からの報復を恐れ、何度も死のうと考えていた時期でもありました。
さらに、3番目の子ども(二男)に小児がんの疑いが判明。不安なことが畳みかけるように起こり、目の前が真っ暗になっていました」
その後、奇跡的に二男の容態は回復。
「病気の疑いが晴れ、心も晴れ渡る思いの中、祭で夫のパフォーマンスを見ました。
その姿に感動した私は、夫から ”生きているパワー” を感じたのです。“この人のように生きたい!!”と思いました。
その祭をきっかけに、夫がジムを経営していることを知りました。
シングルマザーとして健康でいなければ、子どもたちを守れないと思い、ジムに入会。
その1か月後に控えた離婚裁判で前夫と対峙(たいじ)することになっていたので、メンタル面も鍛えるためでもありました」
前向きに生きたい姿勢に心を打たれて…
守屋さんは、こんな第一印象だったそうです。
「妻が過去につらい体験をしながらも、今を前向きに生きたいという姿勢に心を打たれました。
約3か月、トレーニングを繰り返すうちに、ときに鋭く、人の心に響く言葉を投げかけてくれる妻の人柄に好意を抱いていきました。
分け隔てなく、愛を与えてくれる妻と一緒にいたいと思うようになり、結婚を前提として、つき合うことを決意しました」
しかし、ツマツマさんの離婚裁判は3年以上続いたうえ、守屋さんにとっては初婚。
両家の親からは当然、反対があったそうです。
さらに、3人の子どもの父親になることへの葛藤もありましたが…。
「コロナ禍の2020年、明日の命もわからない状況になりましたが、子どもたちとの血のつながりは関係なく愛せると確信し、妻と結婚しました」
DVの被害者は逃げ続けるしかない?
楽しくソーラン節を紹介するYouTubeで、ツマツマさんも出演してDVについても、発信するようになった理由を守屋さんが語ります。
「DVの被害者は逃げ続けるしかないのか、その姿を子どもたちに見せ続けていいのか、という疑問がありました。
それよりは、妻の体験をありのまま伝え、法的にも不備のあるDVの問題を世間の人に伝えた方がいいのではと思ったからです。
現に、国会議員に法改正の働きかけをして、講演会活動をするためにクラウドファンディングも行いました」
DVに関する法律の不備とは、どのようなものなのでしょうか?
ツマツマさんが自身の体験を振り返ります。
「戸籍法の壁です。私が守屋と結婚して彼の戸籍に入り住民票を移しても、子どもたちの実父である前夫が、彼らの新しい苗字や養子縁組をした相手の名前を閲覧できるのです。
子どもの戸籍から現在の住所を追跡されかねず、私が誰と再婚して、どこに住んでいるかが把握できてしまう。
特にDVなどで離婚した人たちにとって、それは危険なことです。
国もそういう場合の閲覧を拒否できる通達を出していますが、自治体によっては見落として把握していない場合もあり、対応がまちまちなのです」
ストレスで初めての子を流産
再婚後もそんな問題に悩まされたツマツマさんは、ストレスで守屋さんとの初めての子どもを流産してしまいます。
「上の3人の子どもは、大きな問題もなく出産できたので、まさかの流産は本当にショックでした。
その後、再び妊娠し、娘のアイアイが生まれてきてくれたのは何よりもうれしく、3人の子どもたちも喜んでくれました」
ツマツマさんはその第4子を妊娠中の昨年、ソロライブ「アイノカタチ」を開催して、歌手としての活動も本格化させています。
「3歳のころからカラオケ大会に出ていて、歌は好きで、歌うことでつらさを乗り越えてきました。
でも、前夫と一緒だったときは、自分を抑え続けて生活していましたね。
自分らしく生きると決めて、家を出た6年前。シェルターからつくばへ移動する日のことです。
長男から“もう怒られない生活だし、これから何かに挑戦したら?”“僕はお母さんの歌が好きだから、歌ったら?”と言われ、歌うしかないと思いました」
何かに本気で取り組めば暴力は…
守屋さんは今後の活動をこう考えています。
「エンターテイメントとしてのソーラン節を磨きつつ、DVだけではなく虐待などの予防教育に力を入れていきたいと考えています。
ソーラン節を踊れば、DVや暴力がなくなるとは思っていません。
ただ、僕が暴力とは縁のない世界を生きてきたのは、ソーラン節に限らず、打ち込めることを一生懸命やる環境にあったからだと思います。
だから、僕たちの生き様を見てもらい、何かに本気で取り組む大切さを知ってもらえれば、非行や犯罪は減らせるのではないかと思っています」
ツマツマさんも、こう話します。
「今後は、夫のソーラン節と同じく、ありのままの自己表現を続け、歌とソーラン節のコラボも計画しています。
中学校の講演会でもDVのことについて話しますが、生徒さんたちはとても関心を持ってくれます。
私たちの生き様が子どもたちへの種まきになり、何かあったときの底力になればと思っています」
PROFILE 守屋俊甫(モリモリ博士)
取材・文/CHANTO WEB NEWS 写真/守屋俊甫