円安が加速し、そのデメリットを懸念するニュースをよく見かけます。そもそも円安は私たちの生活にどのような影響を与えるのでしょうか?経済アナリストの増井麻里子さんにわかりやすく解説してもらいました。
円安が進んでいる
円安とはその名の通り、円の価値が安くなることです。現在、見た目よりも円安が進んでいます。
例えば名目為替レートで1ドル=100円だったのが、1ドル=110円になったとき、日本人にとって米国のモノは10%高くなります。名目為替レートが一定だったとしても、日本で物価が上がらず、米国で10%のインフレが起こると、日本人にとって米国のモノは10%高くなります。つまり、どちらも円の価値が安くなることを表しています。
したがって、物価を考慮した実質為替レートをみる必要があります。実質為替レートは、それぞれを指数化して「名目為替レート × 外国物価 ÷ 自国物価」で計算できます。
イメージしやすいように、数字を当てはめてみましょう。
2000年の名目為替レートは107.7円で、2001年は121.5円でした。2000年を100とすると、2001年は112.8となります。
2000年の物価水準を100とすると、2001年は米国が102.8、日本が99.3であり、実質為替レートは、112.8 × 102.8 ÷ 99.3 = 116.8です。つまり、16.8%の円安ということになります。
5/9に名目為替レートが1ドル=131円30銭台となり、2002年4月以来の円安水準となりました。通貨の実力を測るには、実質実効為替レートをみる必要があります。
これは、対象となるすべての通貨と日本円との2通貨間為替レートを、貿易額など相対的な重要度でウエイトづけして集計・算出した指標で、間接表示のため数値が高いほうが円高となります。
2010年を100とすると、2002年4月は102.35で、2022年3月は65.1まで低下しました。これは固定相場制だった1972年の水準です。
実質実効為替レートを見て、円が50年前の実力に転落したとは言えません。この指標は、経済発展が著しい途上国で上がりやすい傾向があるからです。それでも他の先進国は80~110台であり、円の下落は激しいと言えます。
円安のメリットとデメリット
円安は私たちの生活に大きな影響をもたらします。ここではマクロの視点で、メリットとデメリットを見ていきます。
メリットのひとつは、輸出の増加です。海外から見ると日本の商品が安くなり、輸出数量が増えます。外貨建ての価格を変えず数量が伸びなかったとしても、円建ての輸出売上額が増えます。輸出大企業の株価が上がり、株主が資産効果によって消費を増やすことも期待できます。
2つめは、インバウンド消費の増加です。平時には、旅行コストが下がることにより海外からの旅行客が増え、日本国内の商品が売れるようになります。日本人が物価の安い国へ行くと、高級ホテルに泊まったり、つい買い物をたくさんしてしまうのと同じです。
3つめは、海外からの利子や配当金の円換算での増加です。これは第一次所得収支と呼ばれるもので、日本は大幅な黒字を維持しています。
一方で、デメリットもあります。輸入価格が値上がりするため、国内の物価が上昇します。例えば日本は小麦のほとんどを、輸入に頼っています。不作などにより小麦の供給が減少した場合、円安だと他国に買い負けしやすくなります。
小麦の輸入価格が上がれば、やがて消費者に価格転嫁され、小麦を原料としているパスタやうどん、パンも値上がりし、家計に影響を与えることになります。
なぜ“悪い円安”が懸念されるのか
過去にも日本で円安が続いたことはありました。しかし今回の円安は“悪い円安”と、ニュースなどではよく報道されています。今までの円安と一体なにが違うのでしょうか?
以前は円安が起こると、日本は国内で製造・加工したものの輸出が増え、その恩恵を受けてきました。しかし2008年のリーマンショックで1ドル=90円台に円高が進み、2011年後半に1ドル=70円台が定着したことで、輸出企業は製造拠点を海外にシフトさせました。
その後、円安になり、国内回帰の動きもありましたが、商品を販売するまでの時間(リードタイム)を短くするなど、さまざまな理由によって現地に工場を持つようになっています。今後は設計・開発拠点の海外シフトも見込まれています。
日本の輸出企業が大きな利益を上げているように見えます。しかし実際のところ、会社の決算書には海外子会社の利益が円換算で計上されているだけで、子会社の利息や配当金がどの程度円に換えられているかは不明です。外貨のまま再投資収益や内部留保となっている金額が大きいと考えられます。
国際収支上は、前述の第一次所得収支や直接投資には計上されていますが、必ずしも資金のやりとりがあるわけではありません。
一方、国内物価が上がってきています。5月16日に発表された4月の国内企業物価指数は、前年比+10.0%と、1981年以降で最大の上げ幅となりました。輸入物価指数は、円ベースで+44%、契約通貨ベースで+29.7%でした。
日銀は、最近の物価情勢の主因は世界的な資源価格上昇だと説明していますが、日本では円安の影響も無視できなくなってきているのではないでしょうか。さらに、日本経済全体にとって円安はプラスとの発言を続けています。
“悪い円安”がメリットをデメリットが上回る円安のことであれば、マクロ経済としてはまだ ”悪い円安”とは言えないでしょう。中国、韓国やアジア新興国の台頭で市場の競争が激しくなり、日本の輸出主導型の経済モデルが危うくなっているとはいえ、このモデルから脱却していないからです。国内の設備投資や賃金には恩恵が小さくなっているけど、円高よりはましということです。
以前と違って”悪い円安”が懸念されているのは、世界的な資源価格の上昇が円安と重なったことが大きいとみられます。2000~2002年に円安が進んだとき、WTI原油価格は1バレル=30ドル前後でした。2007~2014年は1バレル=70~90ドル台と高かったのですが、円高が進んだ後、徐々に円安へ向かった時期であり、円安は問題視されなかったのです。
日本は人口が多く、国として高付加価値サービスや海外投資による利益だけで食べていくのは無理があります。タックスヘイブンや国際金融センターのような国であれば、法務、税務、コンサルティングなどの高付加価値プロフェッショナルサービスで食べていけます。日本は当面、インバウンドと輸出数量の増加で円安のメリットを活かし、物価上昇には財政を使って対応することになるでしょう。しかし政府は、今後「何で食べていく国にするのか」という方向性を示さなければなりません。
金融政策スタンスの差により進む円安
米国の連邦準備制度理事会(FRB)はインフレ抑制を優先し、FF金利の誘導目標を2022年3月に0.25%、5月に0.50%引き上げました。今後の引き上げペースが注目されています。
現在の日銀は、金融政策の現状維持で金利を上げない姿勢を示しています。これにより世界との金融政策スタンスの差が明確となり、円安が急激に進みました。
金利には成長率、インフレ率、需給などの要素があります。米国では4月には労働力人口 (就業者+失業者)が生産年齢人口 (16歳以上の人口) に占める割合である労働参加率が62.2%に低下。賃金上昇圧力は消えていません (日本の3月の15~64歳の就業率は77.9% )。
しかし、その他の経済指標にはインフレピークアウトの兆しも見えてきました。経済活動活発化による需要増加に対して供給制約が続くことによるインフレが、いつまでも続くことは考えにくく、米国では急ピッチの利上げによる景気後退が懸念され始めました。したがって、市場の金利差拡大観測の後退とともに、円安も少し落ち着くとみられます。
PROFILE 増井麻里子さん
取材・文/酒井明子