沖縄市立越来小学校の児童5人が、市内の西森公園付近で虐待されビニール袋に入れられていた猫を助けて保護団体から表彰されたことが報じられ話題となりました。
猫はホープ君と呼ばれ、子ども達や団体の献身的手当で回復し、今は都内の里親の元で暮らしています。沖縄県内で猫や環境の保護活動を行う「一般社団法人SCB CatsWalk(キャッツウォーク)」の中村容子代表理事と、ホープくんをケアした同団体の新屋逸子理事、里親になった加藤慎也さんご家族に話を聞きました。
子ども達がビニール袋を見つけた
── ホープくんを保護された時の状況を教えていただけますか。
新屋さん:
2021年11月2日、小学3年の女の子4人が学校が終わって公園で遊んでいる時に、大きく膨らんだレジ袋を見つけたんです。
「何かな」と開けてみたら、中に猫がいました。接着剤で動けなくされ、鳴けない状態でした。元々その近くで暮らしていた飼い主のいない猫のようです。
まず、4人が助けようとタオルを濡らして体を拭きましたが、接着剤はとれず、近くの公民館に助けを求めて、そこにいた4年生の女の子と保護者が私たちの団体に連絡をくれました。
── ひどい状況ですね。
新屋さん:
私は「体をあたためる応急処置をしながら、私の自宅に連れてきてください」と頼んで、外出先から自宅へ急ぎ向かいました。自宅で最初にホープくんを見た瞬間は、弱っていて助けることは厳しいかもしれないと思いましたが、呼吸器系の場所を中心に接着剤を取ろうと応急処置である小麦粉とサラダオイルで繰り返し、体を洗いました。
同時に病院を探しましたが、その頃はコロナが大流行中で救急病院、動物病院ともにすべて受け入れてはくれず、翌日、みてくれる病院を探して、沖縄市からうるま市の病院まで連れて行きました。
病院では、CT、エコー、レントゲンなどをとってもらいました。ホープくんの全身が硬直していたので、どこかに内部損傷があるかもしれないと言って、点滴や酸素吸入もしてもらい、2週間入院しました。
3か月かかって回復してきた
── 退院後はどのように回復していったのでしょうか。
新屋さん:
退院してからはうちで面倒をみていました。歩いてもふらふらしていたり、左側の音に反応できなかったりしていました。もし、障害が残ったらうちで他の保護猫と一緒にみようと思っていましたが、奇跡的に完全に回復し、後遺症もいっさいなく、健康であると獣医の方が診断されましたので、県外への譲渡を考えて里親募集をしました。
私がホープくんと離れるのが辛くなっていたら、娘に「ホープの幸せを考えて」と怒られ、見送る決断をしました。
ホープという名前は元気になって欲しいという願いを込めて私がつけたので、現在の里親さんのところでは「最初のプレゼントとして名前をつけてあげてくれませんか」と言って、首里虎くんという新しい名前をもらいました。
── ケアはどのような点に留意されたのでしょうか。
中村さん:
虐待された猫は人を信じていて近づくから被害に遭うのですが、その時に、人を信じていた心も裏切られて深く傷つくんですね。体だけではなく、もう一度、人を信じようと思う心のケアをしないといけません。
猫の虐待の現状
── ホープくんのような猫の虐待は多いのでしょうか。
中村さん:
現在もさまざまな事件があります。首を切られた猫が見つかったり、毒のようなものを撒かれて猫が大量死したりしていることも起きています。
すべての保護している猫が虐待ではありませんが、現在も118匹の猫を保護しています。ホープくんのように完全に回復するケースは稀です。
私たちの団体は、猫にも人にも優しい環境を目指していますが、その理想からはほど遠い状態です。
一年前から、猫の環境を整えるプロジェクトを進めています。地元の方々や自治会とともに猫が増えないよう不妊去勢手術をして、その後、地域で猫を管理していくという拠点を36か所つくりました。そこでは虐待は起きていません。
── 里親家族を決めたきっかけはなんでしょうか。
新屋さん:
最初、ホープくんを預けたところは、先に住んでいた猫との相性が悪く、預けることをやめました。その後、改めて募集したところ、7家族からホープを家族にしたいという応募があり、そのうち今回のご家庭がとても熱いメッセージを送ってくれたので決めました。オンライン面談で里親を希望する家庭のお子さんの目の輝きを見て、ホープくんは絶対に幸せになると思えました。
名前は30候補から選び今では家族のアイドルに
── 里親となった東京都の加藤慎也さんご家族に伺います。なぜ里親になろうと思ったのですか。
加藤さん:
もともと猫を飼いたいという思いがあって、それならば保護猫を幸せにしてあげたいと思って、保護猫の譲渡サイトを見ていました。
そこでホープくん、今の名前は首里虎くんを見た長女(8)が「飼いたい。かわいい」と話して、みんな「かわいいねと」言って、飼うことを決めました。
── 虐待されていたことは知っていましたか。
加藤さん:
たまたまその後、ニュースでホープくんが話題になっていたのを見て、「あれ、これあの猫じゃない」と家族で話していました。もし、うちで飼うことが叶うなら、ひどいことがあったことを忘れさせてあげたいという強い気持ちになりました。
そのあと、オンライン面談、トライアル預かりをして里親に決まりました。
── 首里虎くんという新しい名前の由来を教えてください。
加藤さん:
30個ぐらい名前の候補がありました。沖縄から命を繋いで来たのでその縁を大切にしたいと思い「首里」、寅年に来たから「虎」と合わせて「首里虎」としました。今は首里ちゃんと主に呼ばれています。初めてあったときは、人間に怯えるかなと思ったけれど、新屋さんのところであたたかくしてもらったんでしょうね、すぐになついてくれました。
── 今1か月半ほど経って、いかがでしょうか。
加藤さん:
我が家のアイドルですね。8歳長女と5歳長男、妻、私の4人家族ですが、それぞれの後ろをいつもついて歩いています。トイレにもお風呂にもついてきますね。
遊んでいる時や外を見ている姿が可愛くて、家に馴染んだと思います。猫が遊ぶキャットタワーも5段目まで登れるようになりました。
── 保護した沖縄の子供達や保護団体について何かお言葉はありますか。
加藤さん:
子ども達の助けた勇気がすごいですよね。保護してくれた方がいたことで、私たちが飼えたんだと思います。
もしかしたら、失っていた命かもしれないのを、飼わせていただいた。猫を飼うまではそういう保護猫や虐待の世界も知りませんでした。でも救える命ってあるんじゃないか、一人ひとりの思いで愛のリレーが繋がっていってすごいなと思わされました。
取材・文/天野佳代子 写真提供/加藤慎也さん、一般社団法人SCBキャッツウォーク