ご家庭で家事や育児の大部分を担っている「兼業主夫放送作家」で、『新ニッポンの父ちゃん~兼業主夫ですが、なにか?~』の著者・杉山錠士(すぎやま・じょうじ)さん。「秘密結社・主夫の友」という主夫団体の広報や、子育てポータルサイト「パパしるべ」の編集長も務めるなど、マルチに活躍されています。

 

「家庭円満が社会円満に繋がる」と語る兼業主夫の杉山さんですが、一時は離婚を考えるほど関係が悪化したこともあったようです。夫婦の危機を乗り越え、兼業主夫として仕事と家事育児をこなし活躍される杉山さんに、共働き夫婦の家庭円満の秘訣についてお話をうかがいました。

放送作家として仕事をする杉山さん
放送作家として仕事をする杉山さん

「家庭円満が社会円満に繋がる」

 ── 杉山さんの「家庭円満が社会円満に繋がる」という言葉が印象的なのですが、そう思われる理由を教えてください。

 

杉山さん:

はい。やはり家はホームであって、帰る場所ですよね。外で嫌なことがあったとしてもリセットできて、落ち着ける場所というか。そういう安全地帯があるということは、外に出た時に余裕ができると思うんです。

 

外の世界は価値観の違う人たちと一緒にいなきゃいけないので、そういう意味では凄く疲弊する大変な場所だと思います。でも、そういう場所でも誰かを思いやる対応や誠実な対応をするためには、その本部である家庭がしっかりしていることが大事だと考えています。嫌な思いをはっきりと出せたり、共有できたり、美味しいものを食べたり。人には本当の意味でリラックスできる場所が必要だと思うし、それが家庭かなと。

 

基本的なところがしっかり満たされていると、外で起こる嫌なことに対しても比較的寛容に対応できる。なので、と「家庭円満が社会円満に繋がる」と考えています。家という場所が安全地帯な人たちが多くなれば、社会ではそんなに揉め事は起きないんじゃないかなと。

 

── なるほど。家庭円満のために杉山さんがされていることはありますか。

 

杉山さん:

すごくシンプルだけど、ひとりの人間として家族を尊重することだと思います。

同じことを繰り返すことをよしとする

── 夫婦喧嘩をされた時はどのように仲直りしているのでしょうか。

 

杉山さん:

いったん時間をおきます。怒っていたらその場ではすぐには解決できないので、必ず何かしら理由をつけて時間をあけるようにしています。ちょっと時間が経つと、やはり冷静になりますよね。

 

── 冷静になると、どちらからともなく普段の会話が始まるという感じでしょうか。

 

杉山さん:

いえ、そうはしません。そうするとなかったことになっちゃうので…。普段の会話を始めるというよりは「さっきのケンカはこれがこうだったから、こうなったよね」という原因を抑え直して整理して話をします。

 

── 個人的には、二度と同じことを繰り返さないように整理して話してもらうのは嬉しいと思うのですが、杉山さんはケンカの原因を蒸し返すのは怖くないのでしょうか?

 

杉山さん:

そうですね。誤解を恐れずいうと、謝るのは割とどうでもいいのかなと思っています。大事にしているのは、同じことを繰り返すことを良しとすること。だって絶対変わらないじゃないですか。それはその人の個性なので。個性だということを分かったうえで「同じことを繰り返すな」と言うのは、意味がないように思うんです。

父親向けに講座を開く杉山さん
父親向けに講座を開く杉山さん

 

── なるほど。それが杉山さんの「尊重する」ということにつながっているんですね。杉山さんは兼業主夫とのことですが、お子さんが生まれてから家事や育児を行うようになったのでしょうか。

 

杉山さん:

いえ、昔から人の面倒を見るのが好きというのもありますが、妻とはつき合いが長く年下ということもあり、つき合った当初からよく面倒をみていたという背景があります。

 

結婚したら変わる、仕事するようになったら変わる、子どもが生まれたら変わると、妻自身もそう言っていましたし、僕自身もそうなんだろうなと思っていたところもありました。でも、一緒に過ごす中で「あれ、どうやら変わらないぞ」と分かるまでに時間がかかったというか…(笑)。

 

妻の名誉のために言いますが、妻が家事をいっさいしないということはなく、不規則な僕の仕事に対しても理解があり、バリバリ仕事をする妻の仕事に対する姿勢を本当に尊敬しています。それでも、この人はこういう人なんだと受け入れるのに時間がかかりましたね。

受け入れるとは、相手をちゃんと見て向き合うこと

── 受け入れるのに時間がかかったとのことですが、それは諦めにも似た感覚なのでしょうか。

 

杉山さん:

いや、諦めとは逆の感覚ですね。「受け入れる」と「諦める」は違くて、諦めるって、相手に対して勝手に期待して、勝手に自分で上げたハードルを勝手に下げて「あなたにはできないよね、仕方ないよね」みたいなことを言っているように思うんです。それは評価的な目線で失礼ですよね。

 

でも僕が考える「受け入れる」とはそういうことじゃなくて、期待をしないとかでもなく、相手をちゃんと見て向き合うことだと思います。ただ、僕も向き合うまでに4年くらいかかりました。一時は「離婚」という選択肢も頭にありましたね。

向き合って話してみないと分からないことが沢山ある

── そこから何がきっかけで現在にいたるのでしょうか。

 

杉山さん:

そうですね。3.11の東日本大震災がきっかけで大きく変わりました。余震も多く、物理的に家から出られない。そんな状況下で向き合わざるを得なくなったんです。1か月くらい、本当にたくさんのことを話しました。

 

自分がモヤモヤしていたこと、イライラしていたことなどを話し合った結果、全部じゃないけれど、話してみないと分からないこと、向き合ってみないと分からないことが沢山あるんだと思いました。

 

また「自分ばかり…」と不満を持っていたけれど、不満の量はお互い同じくらいなんだな、とか、いろんなことに気づき始めました。それで、離婚という選択肢じゃないのかもしれない、と。

 

── そうなんですね。「自分ばっかり」というフレーズは、家事などの分担でもよく聞くフレーズですよね。

 

杉山さん:

価値観の問題かもしれませんが、僕は分担はあまりやりたくないしお勧めしません。僕の家の場合、はっきりと分かれているのは料理は僕、洗濯は妻ということくらいなんです。世の中的に見ればこれも分担と見えるんでしょうけど、単純にお互いがそれを得意だからやっているだけでして。

 

それでいうと、シェアするという考え方を最近よく目にするんですが、「家事シェア」について理解できている方が少ないのではないかと不安に思うこともあるんです。

杉山さんが主宰する男性向けアイロン講座の様子
杉山さんが主宰する男性向けアイロン講座の様子

シェアとは、分けるんじゃなくて一緒にもつこと

── 杉山さんが考える家事シェアとは何ですか。

 

杉山さん:

僕が考えるということではないのですが、「シェア」と「分担」を同じように考えている人が多いように思います。そもそも分担は分けて持つもので、シェアは一緒に持つもの。

 

たとえばケーキをシェアする時って、分けますよね。その感覚で「家事シェア」をしている人が多いように思います。本来ケーキをシェアするっていうのは、分けるんじゃなくて一緒に持つだけなんです。

 

僕の家でたとえると、家事を分担にすると、洗濯が残っている状態で僕が料理を終えていたら、僕は洗濯を放っておくことができるんです。担当が違うから。

 

でも家事をシェアした場合は、僕は料理が終わったら洗濯をするんですよ。そして妻は、洗濯が終わっていたら料理をする。家事が全て終わるまで一緒にやるだけなんです。

誰かひとりの責任じゃない 一緒に責任をもつ「家事シェア」

── シェアすると、相手を責めずにすみそうですね。

 

杉山さん:

そうですね。家事も育児も分担しちゃいけなくて、シェアするものだと僕は思います。一緒に持つという意味は、一緒に「責任」を持つということ。

 

分担したことにより、その家事が終わっていないことが誰かの責任になるとしたらとてもツラいですよね。誰かの責任じゃなくてみんなの責任。だって誰もやっていないだけなんだから。それを「早くやってよ」とかになると「じゃああなたがやってよ」になっちゃいますよね(笑)。

 

シェアすると、やっぱり誰かを責めなくてすむ。分担すると責めちゃう。「誰かのせいじゃない」ということが大事だと思います。

何かができなくても何もできなくてもいるだけでいい

── 杉山家が円満な理由が分かったように思います。

 

杉山さん:

現在は円満だと思います(笑)。とはいえ、怒られるかもしれませんが、妻の愚痴とか嫌なところは挙げようと思えば挙げられます。困ることは今もやっぱりありますし、妻も僕に対してそう思っているんじゃないかな。

 

でも、何かができるから一緒にいるわけじゃない。妻だけじゃなく、家族ってそうだと思うのですが、「存在意義」という言葉があるくらいなので、いることが大事だと思うんです。

 

別に仕事の相手でもなく、自分で選んでこの人といると決めた人なので、やっぱりここにいるということが大事というか。なので、何かができなくてもいい。何もできなくてもいいんです。

家庭において「何ができるか」で評価しない

── その考えは本当に素敵ですね。私も参考にしたいと思いました。

 

杉山さん:

そうじゃなかったら、病気とかで倒れた時に看病とか介護とかできませんよね。お金を稼ぐことが仕事で、それ以外の価値がないって思われていたら、お金を稼げなくなった瞬間にその家からはいらなくなってしまう。

 

でもこの人は生きているだけで意味があって、この家族においては絶対必要であると思っていれば、どんな状態でも家にいてほしいし生きていてほしいじゃないですか。

 

そこは、自分の中のいちばん内側に大事にしていたい。妻は仕事を本当に頑張っていて外で散々評価されているので、家庭において「何ができるか」というところで評価するようなことはしたくないですね。

世間でいう「男女の役割」が逆転していても子どもはすくすくと育つ

── 子育てで大切にしていることを教えてください。

 

杉山さん:

今まで、世の中でいうところの「男女の役割」が逆転していることにより、周りや知らない人からも様々な言葉で攻撃され、「もう放っておいてほしい…」と思うことが何度もありました。世間一般的な何かや、その人自身と比較しての攻撃だったんだろうと思います。

 

そういう経験もあって、子どもたちに常々言っていることは「よそはよそ、うちはうち。人と比べるな」ということです。違うからと言って別に上でもなければ下でもない。

 

たとえば「Aちゃんちの家はママがご飯をつくるけど、うちはパパがつくっているよね」みたいなことは、どっちが良いでも悪いでもないということとか。誰かの家ではOKで、うちではダメなことについても、それはその人のご家庭の話であって「うちはうち」。うちではダメだね、でも逆にこんなことはできるよ、などと話しています。

 

僕の家のように、世の中で言う男女の役割が逆転していても子どもたちはすくすくと育つんだということを周りの方にも知ってもらえたら嬉しいです。

家で子どもたちと過ごす杉山さん
家で子どもたちと過ごす杉山さん

 

 

奥様のいちばん好きなところはどこですか?という質問に対し、「行動や考えがよみにくく、一緒にいて飽きないところでしょうか。自分と違うということがいちばんいいことですよね。」と笑う杉山さん。「家事育児におけるシェアとは一緒に責任を持つこと」という言葉が印象的でした。

取材・文/渡部直子 写真提供/杉山錠士