ご家庭で家事や育児の多くを担っている「兼業主夫放送作家」で、『新ニッポンの父ちゃん~兼業主夫ですが、なにか?~』の著者でもある杉山錠士(すぎやま・じょうじ)さん。杉山さんが所属する「秘密結社・主夫の友」は、「主夫」の認知を広げるためにさまざまな面白い取り組みを行っています。「男性の選択肢を広げたい」と話す杉山さんに、主夫になった経緯、そして活動にかける想いをうかがいました。

兼業主夫放送作家の杉山錠士さん
兼業主夫放送作家の杉山錠士さん

シンプルに、僕の方が得意だから主夫になった

── 兼業主夫になった経緯を教えてください。

 

杉山さん:

はい。兼業主夫と名乗り始めたのは今から14年程前になりますが、名乗る前から家のことはしていたので、正確には分かりません(笑)。

 

経緯としては、妻には怒られてしまうかもしれませんが、妻が家事育児があまり得意ではないタイプの人だということが大きいと思います。いっぽうで僕は、子どもの頃から家事などをしていたので家事に抵抗がなく、スキルという意味では妻より慣れていたということもベースにありますね。

放送作家として仕事をする様子
放送作家として仕事をする様子

あとは、当時の働き方も関係あります。妻がフルタイムで勤務しているいっぽうで、僕はフリーランスだったので。フリーランスであることを活かせる形が兼業主夫だったのだと思います。

「家事をやらされてかわいそう」ネガティブな周囲の反応に対する違和感

── 主夫であることに対して、周囲からの反応はどういうものだったのでしょうか。

 

杉山さん:

そうですね。先ほどのお話と重なりますが、当時「主夫」はそこまで馴染みのあるワードではなく、僕自身も特に公言することなく自然に主夫をしていました。

 

でもある日、メールの署名を変えたんです。当時の僕の肩書は「放送作家」だったのですが、そこに「兼業主夫」をつけて「兼業主夫放送作家」にしました。気づく人は気づいて、「振りきったね」みたいな言われることもありましたね。ネガティブな反応もそれなりにありました。

 

── ネガティブな反応とはどのようなものだったのでしょう。

 

杉山さん:

いちばんわかりやすく反応したのは妻かも知れません(笑)。「『主夫』なんて言うと、私が何もしていないみたいじゃない」と。

 

妻が家事をいっさいしないということではまったくないのですが、僕が「主夫」と名乗ることによって日頃、家事育児をきちんとしている方からの妻に対する風当たりは強かったように思います。また、この肩書は、妻自身が「女性としてやらなくてはいけないことを手放した」という感情を抱いたようで、複雑な気持ちになったようです。話し合いをたくさん重ね、今はお互いにこの形がスッキリと腹落ちしています。

 

もちろん妻以外からのネガティブな反応もありました。

 

── 奥様以外の方からのネガティブな反応とはどのようなものだったのでしょうか。

 

杉山さん:

「かわいそう」がいちばん多く言われた気がしますね。「やらされてかわいそう」とか「変な奥さんと結婚しちゃったね」というような言い方をする人もいましたし、あとは「お前の能力がないから奥さんが動かないんだよ」と言う人も。

 

「奥さんに、そんなこともさせられないの?」と言われて、「させる」とかじゃなくない?と疑問を抱いていました。

主夫は「仕事」妻がやるべきことを代わりにやっているわけじゃない

── なかなかキツい反応ですね…。当時、なぜ肩書を持とうと思ったのでしょうか。

 

杉山さん:

そうですね。2010年が僕にとってひとつのターニングポイントだったと思います。その年に「イクメン」という言葉が新語・流行語大賞を受賞したんです。2004年に娘が生まれた時から家のことは積極的にやっていたのですが、「イクメン」という言葉が流行ったあたりから、僕も周りから「イクメン」と言われ始めたんです。

 

でも「ちょっと違うんだよな」とモヤモヤした感情がありました。自分の中にも「男性だけど家のことをやっている」というバイアスがあって、もしかしたら「こんなはずじゃなかった」と思っていたのかもしれません。でも、フルタイムで忙しい妻にはこれ以上の家事は難しかったし、自然に僕がやらなきゃいけない流れになっていました。

 

そんな環境にモヤモヤしていたんですが「自分は主夫だ」と名乗った瞬間に、心の中で整理がついたんです。僕は、自分でこの仕事を選んだんだと。

 

── 主夫は仕事だと、腑に落ちたということでしょうか。 

 

杉山さん:

はい。そもそも、妻がやるべきことを代わりにやっているわけじゃないと言語化された瞬間でした。これは「仕事」だと。誰かに良く思われたくてやっているわけではなくて、シンプルに僕はこの主夫という仕事を選んだんだ、と腑に落ちたんです。

 

とはいえ放送作家の仕事もしているし、これは兼業主夫だな、となって、そこからはどんどん発信していくようにしたんです。腹をくくった、という感じですね。

父親向けに講座を開く杉山さん
父親向けに講座を開く杉山さん

楽しそうな主夫集団「秘密結社・主夫の友」

── 現在は兼業主夫放送作家のほかに、2014年に結成された「秘密結社・主夫の友」の広報としてご活躍されていますが、どのように現在の活動へと繋がっていったのでしょうか。

 

杉山さん:

「秘密結社・主夫の友」は、NPO法人のファザーリングジャパンに入ったことが大きなきっかけとなり結成されました。主夫というのはなかなか孤独でして、自分と似ている環境にある方と繋がりたいと思い色んな所に顔を出してみたものの、その人が家事育児を実際にやっているかどうかは話をすれば自然と分かってしまいます。

 

ファザーリングジャパンに行った時に初めて自分と同じように家事育児をやっている人に出会い、「主夫」という人たちにも初めて会いました。それで、何人かの主夫で集まったりしている時に、代表に「ここにいる主夫で何かやったら?」と言われ、それがきっかけで「秘密結社・主夫の友」が結成されたんです。

秘密結社・主夫の友のメンバーと打ち合わせ
秘密結社・主夫の友のメンバーと打ち合わせ

「秘密結社・主夫の友」は、小難しいこと、堅苦しいことをするんじゃなくて、楽しそうに主夫をしている人たちがいるっていうのが伝わればいいねという思いからできた団体です。

 

── とても楽しそうな団体ですよね。どのような活動をされているのでしょうか。

 

杉山さん:

そうですね。とにかく手探りで、まずは入社説明会を開いたりしました。主夫の悩みや主夫あるあるをただただ話すだけなんですけどね(笑)。あとは、企業とコラボして主夫になりたい男性と、主夫が必要な女性のマッチングイベントを開催したこともあります。

 

また、「主夫の友アワード」というイベントは好評でしたね。「主夫」の認知拡大や男性の家事育児参画の促進に対して、ポジティブな発信をしてくれた方や企業を勝手に表彰するというものなのですが、多くのメディアが取り上げてくれました。

主夫の友アワードで司会をする杉山さん
主夫の友アワードで司会をする杉山さん

世の中を大きく変えたいという目標はもちろんありますが、まずは気になる存在になって「主夫」という言葉が少しでも誰かの耳に残ればいいと思って活動しています。

男性の選択肢を広げる上での課題とは

── 主夫を広めたいというのは、男性の選択肢を広げていきたいということだと思うのですが、男性の選択肢を広げる上での課題はなんでしょうか。

 

杉山さん:

そうですね。大きくいえば、教育ではないでしょうか。僕たちは男女ともに価値観を自然に植えつけられて育っているところがあると思うし、それは簡単に剝がれるものじゃない。それは大きな課題だと思っています。

 

ただそれは徐々に変わっていくものだと思うので、発信や活動を続けることが大事になると思います。でも、この「続ける」ことが難しい。これがいちばんの課題かもしれません。僕たちも様々な活動が止まっちゃうことがあるのですが、それは何故かというと常に自分たちで新しいことを起こしていかなきゃいけないからなんです。でも生業じゃないから、みんなが忙しくなると活動は止まります。

男性向けお裁縫講座の様子
男性向けお裁縫講座の様子

 

なので僕は、子育て系のコンテンツを生業にするということをできる限りやっていきたいんです。

 

── 現在、子育てポータルサイトの編集長もされていますよね。

 

杉山さん:

はい。現在「パパしるべ」という子育てポータルサイトの編集長をしていますが、これも大きな企業が資金を出してくれて潤沢にやってるわけではなく、自分で協賛金をとってきています。そしてその中から、自分の取り分を決めています。そんな風に、自分が生きていく、つまり食べていくためにも必要な活動にしていかないと力が入らないと思うんです。

 

ただ、そもそもの話として、大きな企業が扱っている男性のための子育て系メディアはないので、それはやはり市場として認知されていないということ。市場を広げていこうとする人と、それに共感する人が増えない限り世の中は変わらないと思うので、そこは大きな課題ですね。

父親たちの存在が世の中に見えるようにしたい

── それでは、今後の展望を教えてください。

 

杉山さん:

はい。重ねてになりますが、やはり活動や発信を継続していくことをいちばん大事にしたいです。まずは目先の5年、その次が10年、そんなスパンで続けていきたい。

 

また、今始まったばかりの取り組みとしては、「パパしるべ」からクラウドファンディングで「PAPATO」という、子育てに悩む父親たちの環境改善を目指してつくったグッズをつくったりしていまして、父親たちの存在が世の中に見えるようにしていきたいです。

 

そして、改正育児・介護休業法が施行されて男性の育休取得に世の中の目が向く、社会的なターニングポイントともいえるタイミングでしっかり発信していきたいです。

「苦手は悪じゃない」自分の子どもの世代に引きずりたくないネガティブな反応

── 最後に、杉山さんを突き動かしているのは何でしょうか。

 

杉山さん:

そうですね。やはり、男性が子育てをしていることに対してのネガティブな反応をどうしてもなくしていきたいんです。自分の子どもの世代にまでこれを引きずりたくないという想いがあります。

 

これからは、女性も家事が苦手な人が増えると思うんです。僕の娘が結婚するかどうかは分からないけれど、「選べない」のは嫌だなと思います。今、苦手な人がいるのにそれが苦手であることを悪とされる世の中からは変わってほしいと強く思いますね。

家で子どもたちと遊ぶ杉山さん
家で子どもたちと過ごす杉山さん

 

 

杉山さんのお話から、主夫の認知を広めていくことは男性の選択肢を増やすだけでなく、女性の選択肢を増やすということでもあるんだとあらためて気づかされました。また、生きづらさを抱える男性や、これからこの社会を生きていく子どもたち、そして杉山さん自身の奥様やお子さまに対する大きな愛情を感じるインタビューとなりました。

取材・文/渡部直子 写真提供/杉山錠士