子育てに必死になるあまり追い詰められ、自分を責め続けてしまうそんな母親は少なくありません。

 

株式会社良品計画で「無印良品」の商品開発に13年間携わったのち、2018年に整理収納アドバイザーとして独立した水谷妙子さんも、そんな経験をもつひとり。

 

現在はお片づけのプロとして活躍する水谷さんですが、第一子を出産した当時は、片づけが手につかないほど育児に悩む日々でした。

水谷妙子さん

当時は部屋に物が散乱していて、おむつの段ボールに囲まれた状態。ソファの上に洗濯物が山積みで、そこから引っ張り出して使うような生活だったそう。しかし「初めての育児に必死すぎて、当時は部屋が汚いことにも気づけなかった」と話します。

 

今回は、そんな水谷さんが片づけに目覚め、のちには独立して整理収納アドバイザーとして新たな人生を開拓した経緯について、話を聞きました。

第二子出産後に気づいた「もしかして、うちって汚い…?」

── 現在は整理収納アドバイザーとして活躍されています。部屋を片づけるようになったきっかけは?

 

水谷さん:

第二子出産後あたりから心の余裕も出てきて、ようやく部屋が散らかっていることに気づいたんです! 当時、長女がまもなく3歳になろうとしていたので、自分で着替えられるようにするには、この部屋のままでは無理だなとも思いました。

 

第一子の産後は絶対に無理だったけど、いまならきれいに片づけられるかもという気がしてきて。とはいえ当時、片づけには苦手意識がありました。そこで、思いきってお金を払って、プロのお片づけサービスにお願いすることに。

 

── お片づけサービスの人を家に呼んだのですか?

 

水谷さん:

いえ、家に来てもらうのには抵抗があって…。片づけられない人には、自分をさらけ出せる人と、「こんな恥ずかしいところ見せられない」という感情が邪魔して踏み出せない人がいるのですが、私は完全に後者でした。

 

いまはオンライン教室も多いですが、当時は少なかったので、自宅に招かずに教えてもらえるサービスを探しました。お片づけの先生とカフェで会って、自宅の写真を見せて…。2〜3週間に1回ずつ、宿題みたいな感じで片づけを始めました。

 

「こうしたら使いやすくなりますよ」と提案してもらい、そのとおりに整える。整えた様子を撮影して先生に見てもらう。そんな感じです。先生から「頑張りましたね」と褒めてもらえると、やる気が出るんですよね。そうやってどんどん整えていきました。

水谷妙子さん宅の収納の様子

── 片づけは順調に進みましたか?

 

水谷さん:

はい。テレビの箱や、子どものおもちゃが入っていた箱…あらゆる箱が出てきましたが、最初にそれらを全部捨てて。その1個1個について、なぜ保管していたかをよく考えたんです。

 

私もそうですが、夫はさらにものを手放すのが苦手で、 実家などで「これ、もらってくれない?」と言われると断れないタイプだと気づいて。整理していくなかで、夫ともたくさん話しました。そんなふうに部屋を整えていったら、一人目の産後よりもずっと保育園の準備がラクになったんですよ。子どもはふたりに増えているのに!

 

── それはすごい!探しものが減ったとか

 

水谷さん:

以前は「長袖は何枚持っていたっけ?」というように、持ち物に対してすべての記憶が曖昧でした。でも本当はそんなに数が必要なくて、自分が記憶できる量にしておくほうがずっと管理しやすかった。

 

冷蔵庫のなかも同じ。在庫が曖昧なまま買い物に行く→同じ食材やストックを何個も買う→ものがあふれて探しづらくなるという悪循環で…。小さなストレスが積み重なっていたんだなぁと気づいたんです。

 

この気づきのおかげで、部屋のなかのあらゆるものを整理したくてウズウズするほどに。一度整理すると「うわー!めっちゃラクだ!使いやすい!」と実感でき、感動の連続でした。不用品はフリマアプリで売りまくった結果、合計17万円ぐらい儲かったりもして(笑)。あんなに鬱々としていた第一子のときとはまったく違う育休を過ごしました。

第三子出産直後に独立…苦手だった「整理収納のプロ」に

── 第二子の産後にようやく、自分の育児のペースが掴めてきたんですね。その後、第三子を妊娠・出産なさっていますが、そのときは?

 

水谷さん:
第三子を妊娠したときは、もう「これはいけるぞ」という自信があって。第二子のときと同様、夫に育休を1か月、時短勤務を2か月申請してもらいました。

 

ちょうどその頃、自分の仕事についても「本当にやりたいことはなんだろう?」と考え始め、次第に「自分自身で何かをやってみたい」と思うようになりました。

 

新卒で良品計画に入社した後、たくさんの家を訪問してリサーチする仕事をしていたんです。訪問先の女性たちは収納や家事の悩みを抱えていて、相談されることも多かったのですが、当時の私はまだ20代前半。経験が浅いし、そもそも片づけも苦手だし…と笑顔でごまかして逃げ帰っていました。“やり残した感” が心のどこかにずっとあったんです。

水谷妙子さん
無印良品の母子手帳ケースに、子ども別に色分けする印をつけて管理している

── そういう人たちの助けになれるんじゃないかと?

 

水谷さん:

はい。いまだったら、妊娠や出産でどれくらい大変な思いをするとか、女性が抱えているつらさや痛み、片づけが苦手な人の気持ちもわかります。それに、私は商品開発の仕事をしてきたから、情報はたくさん持ってるぞ、この経験が誰かの何かに役立てるんじゃないか?と思って。

 

その後、13年間勤めた良品計画を退社し、2018年に整理収納アドバイザーとして独立しました。振り返れば、第一子のときの産後の経験が、まさにいまの私の仕事に直結しているんです。

お母さんたちには「どんどんラクになってほしい」

── 今回の特集テーマは「やり直せる社会」です。産後うつのような状態になり、一時は毎日が絶望的だったというご自身の経験をふまえて、同じ悩みを抱えている人に伝えたいことはありますか?

 

水谷さん:

そのとき自分がどれだけ大変な思いをしているかどうかは、当事者にしかわかりません。「誰がなんと言ったって、あなたは大変だよね」と言ってあげたいです。

 

この前、母子手帳を見て気づいたのですが、第一子だけ診察券がやたら多いんですよ 。「この子の発達大丈夫かな?」「この病院で本当に大丈夫?」「セカンドオピニオンが必要?」と不安だらけで、1度しか行ってない病院の診察券が大量に(笑)。

 

いまは笑えるけれど、当時は必死でした。長い目で見たら大したことない、といまは言えるけれど、これまでの経験があるからこそですし。

水谷妙子さん

── 母親としてだけでない「自分らしさ」を保てるような社会も必要でしょうか?

 

水谷さん:

育児以外に、プラスアルファの楽しみがあるといいですよね。私の場合は仕事が趣味みたいなものだったから、産休・育休でプツンと途絶えてしまって。それこそ“推し活”でもいいし、何か夢中になれるものを探してみてほしいです。

 

あとは弱音や愚痴を言い合える仲間を見つけること。夜中に友達に連絡できなくても、SNSで仲間が見つかることもあります。最近はTwitterには夜泣きで辛い人が集合するハッシュタグもあるそうですよ。

 

── 家事や育児も大切だけど、それ以外の時間で心を軽くすると。

 

水谷さん:

そうですね。整理収納をレクチャーするときも、「どんどんラクになってください」とお伝えしているのですが、じつはラクになることにも「覚悟」が必要なんですよね。

 

「子育て中にラクをすることはズルをすることだ」と自分を責める人が多いけれど、それは違う。ラクするのは賢く生きることで、今後の人生で精神面の支えになると思うんです。だから「私はラクになるぞ!」って覚悟を決めてほしい。

 

育児って、自分の思い通りにならない最たるもの。いままでの人生で「頑張ればどうにかなる」という経験を重ねた人ほど、つらく感じるかもしれません。私自身も「頑張ってるのになんで、うまくいかないの?」と何度も思いました。

 

でも世の中には、自分の努力じゃどうにもならないことがたくさんある。いい意味であきらめることを身につけて、ラクに生きていくことが大切なのかなと思います。

 

PROFILE 水谷妙子さん

夫と9歳の長女、6歳の長男、4歳の次男の5人暮らし。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業後、無印良品で生活雑貨の商品企画・デザインを13年間務める。2018年、整理収納アドバイザーとして独立。著書に『水谷妙子の片づく家 余計なことは何ひとつしていません。』(主婦と生活社)など。

取材・文/大野麻里 撮影/木村文平