現在4歳の子どもを育てながら執筆する作家の柚木麻子さん。女子教育の黎明期を描いた大河小説『らんたん』執筆時、コロナで保育園が休園となり、自宅で子どもを見ながら執筆をすすめていたそう。どのように集中力を維持していたのかを尋ねると、意外な答えが返ってきました。

柚木麻子さん
子どもを育てながら執筆する作家の柚木麻子さん(撮影/稲垣純也)

家に子どもがいたら、集中できないのが当たり前

── 保育園に子どもを預けられず、家で見ながら小説を執筆されるのは集中力が問われそうですね。私も子どもを見ながら執筆作業をしているのですが、なかなか集中できなくて・・・。

 

柚木さん:

私は『らんたん』はすごく頑張った自負はあるんですが、まったく集中していませんでした。執筆時には息子は保育園に入園できたのですが、今度はコロナで休園になってしまい……。息子に「ディズニーチャンネル見てて」って言いながら、その横で書いていました。

 

(『らんたん』に登場する)徳富蘆花や有島武郎が書いたものに比べたら、まったく集中してないんですけど、『不如帰』より元気が出る話になってませんかね?

 

別に、作中で徳富蘆花を悪く書こうと思っていなかったんですが、史実を見たら普通に奥さんにDVしていました。徳富蘆花の関連の本でも「奥さんをいじめ抜いてボコボコにして、奥さんはしょっちゅう実家に帰っていた。でも、徳富蘆花の芸術はすごい」と書いてあるから、「え、そこは恥じないんだ」とびっくりしました。

 

徳富蘆花も有島武郎も、どんな行いをしても、しっかり執筆の時間は与えられて、家のことはノータッチ。そういうのが出版界にはデフォルトのまま残っているんです。

 

だから、いまだに私も年配の出版界の男性に「柚木さんは何もしなくても集中できる環境があって、文壇の偉い人たちとの飲み会も来られるでしょう?」とか言われるんですよ。

 

無理ですよ、子どもがいるんだから。

 

「預ければいいじゃないですか」とか言われるんです。「え、お金は?」っていう。作家はすごい金持ちだと思われている。そういう人たちが作ったルールに、私達が必死に合わせているんです。

 

コロナで、家に子どもがいたら執筆なんてできないですよ。当たり前のことなのに「その中でも集中して、最高の生命みたいな文学を生み出してくださいよ」というのが言い分なんです。

現在も保育園や小学校が休園・休校になり、テレワークを余儀なくされる人は少なくない(写真はイメージ)

女性の歴史をもっと教えるべき

── 文筆業でなくても、コロナ禍で休校になり、家で子どもをみながら仕事をしている人はたくさんいますよね。

 

柚木さん:

そうですよね。「家事と育児と仕事の両立ができない」「家でクオリティの高い仕事ができない」という人はいると思うんですが、当たり前です。それは、自分の能力がないのではなく、国や制度が悪いと思います。

 

『らんたん』を書きながら分かったんですが、有島武郎も太宰治もすべて持っていたんです。家柄も良くて、仕事も成功して、ケアしてくれる女性もいて。

 

それで「え、私とこの人たち、同じじゃない?」と思って。私が「オリンピックはやるのに、なぜ私はアメリカに取材に行けないの?!」と怒っていることと、当時の女性が「婦人参政権がないんですけど」と怒っているのは、同じ線上だと気がついたんです。

 

日本史では、近現代史をあんまりやらないじゃないですか。高床式倉庫とか縄文土器はちゃんとやるのに、女性がどう権利を勝ち取ったかとか、なぜ今の教育のスタイルになったのかはあまり教えない。

 

女性の権利のために、ときに妥協し、ときに体制側についたり、ときに逃げたりしながら戦った人たちの功績は、なぜ語られないのか。縄文土器の研究者の方には申し訳ないのですが、そこを少し削ってでも、もう少し女性の歴史について教えてくれてもいいんじゃないかと思います。

 

女性に負荷をかける日本社会の中で、女性は堂々と、楽とかずるとか手抜きとかしていいと私は思います。そして、不満もめちゃめちゃ言っていい。不満をぶつけるからには、自分は品行方正じゃないといけないんじゃないか、という考え方も捨ててほしいです。完璧じゃなくていいんです。私も全然完璧な作家ではありませんが、不満はどんどん言うようにしています。

 

『らんたん』も、もっとち密に取材したいところもあったんですが、コロナでできなかったので、とにかく書き上げてしまいました。でも、それでも多くの方に「面白い」と言っていただけて、発売後半年たった今もじわじわと売れ続け、重版も続いているので、やり遂げてよかったなと思っています。

 

PROFILE 柚木麻子さん

2008年オール讀物新人賞を受賞、10年に『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞受賞。近著に『ついでにジェントルマン』。

取材・文/市岡ひかり